かんなび 学びいろいろ、環境人間学部のみちしるべ。

2024.07.29

【座談会】スポーツ科学&建築学の教員が語る「パリ2024オリンピック、ここに注目!」

「広く開かれた大会」をスローガンに始まったパリ2024オリンピック。本大会は、セーヌ川での開会式、歴史的な建物が競技会場に使われるなど、競技以外の見どころも満載です。今回は、スポーツ科学と建築学が専門の教員が集い、オリンピックにまつわる歴史、スポーツの発展、まちづくりなど、注目ポイントを語っていただきました。

 

森 寿仁
人間形成系(生涯スポーツ学、運動生理学、トレーニング科学)
トレーニング科学が専門で本学部では保健体育科の教職も担当。スポーツの起源・歴史にも詳しい。専門とする競技は陸上競技(中長距離走)。

福田 厚治
人間形成系(スポーツバイオメカニクス、トレーニング科学)
専門はスポーツバイオメカニクス。専門とする競技は陸上競技(短距離走)
パラ陸上の選手強化に関わり、東京2020パラリンピックでは、日本チームのコーチを担当。パリ2024パラリンピックでは、日本チームの映像分析サポートを担当。

 

三田村 哲哉
環境デザイン系(建築意匠、建築史、建築設計)
戦間期フランスにおける建築と都市に関する研究

井関崇博(ファシリテーター)
社会デザイン系(社会学、メディア・コミュニケーション論、かんなび管理人)

 

勝敗は細部に宿る、陸上競技の見どころ

井関:2024年7月26日(日本時間7月27日)、いよいよパリオリンピックが始まりました。それぞれの観点から注目しているポイントをぜひお聞きしたいです。まず、森先生。ご自身も陸上競技をされていましたが、いかがでしょうか。

:陸上競技の中でもマラソンは、選考から入念にやってきているので頑張ってほしい気持ちです。今回のマラソンは、暑さも含め、過去いちばんきついコースとも言われています。でも、厳しいからこそ「日本人の我慢強さ」を発揮してほしいなと思っています。2004年のアテネ五輪も、厳しい環境で野口みづき選手が金メダルを獲りましたから、メダルを期待したいですね。

森 寿仁(人間形成系)

井関:マラソン競技の観戦(視聴)ポイントは?

:「駆け引き」ですね。「誰が前に出た」とか、「給水ポイントでうまく取れなかった」とか、いろんな小さな積み重ねが最終結果につながっていく。誰が仕掛けて、誰がそれについていくかという「コースの仕掛けどころ」や、駆け引きがどこで起こるか、そういうところを見てほしいです。

井関:福田先生は陸上の短距離をされていました。一瞬で終わる短距離は、ゴールの瞬間がダイナミックですが、表面的なところ以外に、どこを観て欲しいですか?

福田:そうですね、スタート前に「スターティングブロック」を調節してポーンと走り出す場面がTVでも映ると思いますが、既にそこで勝負がついていると思う時があります。「あ、今日はこの人が勝つな」と。具体的にはスタート時の「動きとスピード」の噛み合いです。データではわからないけど、噛み合ってるか否か、見た感じでわかるところがあるので。「動き」と「スピード」が噛み合っている選手はだいぶ強いですね。

福田 厚治(人間形成系)

歴史の視点、社会の視点、都市の視点からみるオリンピック

:パリでオリンピックが行われるのは、近代オリンピックになって今回で3回目。1900年パリ大会は、ギリシャ・アテネ大会に続く2回目の開催地になりました。その次のパリ大会が、今からちょうど100年前の1924年です。『近代オリンピックの父』と言われるピエール・ド・クーベルタン男爵はフランス人で、オリンピックの公式言語も英語とフランス語が使われているほどですから、歴史的に見ても今大会は重要な位置付けになるでしょうね。

井関:すでに100年以上の歴史があるわけですが、開催の考え方や種目、運営の体制など、大きく変化してきています。かつてはスポーツに多額の金銭が持ち込まれることを嫌う「アマチュアリズム」が主流でしたが、現在では「プロ化」「商業化」が進みました。

:スポーツ科学の分野もオリンピックをきっかけに変化してきています。1968年のメキシコシティオリンピックは高地で開催されたのですが、そこから低酸素トレーニングが注目されるようになりました。高地だと持久力が落ちる一方で、空気抵抗が減るので、短距離走や走り幅跳びなどでは当時の世界記録も誕生しています。そんなふうに、オリンピックが契機となり、競技をする環境にも注目が集まるようになったんです。

井関:フランスの建築が専門の三田村先生は、今回のパリオリンピックでどこに注目して欲しいですか?

三田村:オリンピックというものを開催国・開催地の歴史的な背景とともに理解するのが面白いと思います。例えば、前回のパリ大会でいえば、フランスは1900年代後半、ある貴族が庇護者になり、青少年教育のためにスポーツ振興をはじめますが、1912年ストックホルム・オリンピックの結果が悪かったため、1916年ベルリン・オリンピック(開催中止)に向けて、地元の建築家や造園家がワインで知られた都市ランスに公園を整備し、スポーツの研究機関を創設しました。そしてフランスは、1920年アントワープ・オリンピックの後、1924年にパリで自国開催を迎えます。

三田村 哲哉(環境デザイン系)

井関:公園整備や研究機関などは現代では国が担うことが多いと思いますが、この当時は民間が主導していたのですね。

三田村: 前回のパリ大会は、第一次大戦後の大衆社会が拡大した高度成長期に開催されました。フランスでは、その後、市民が有給休暇の拡大などを背景に、水泳やテニス、ゴルフ、ジムなどのスポーツを徐々に楽しめるようになります。自家用車の普及が郊外地に足を延ばすことを容易にし、また海水浴やレジャーが市民に拡大した時代でもありました。こうしたスポーツの普及は、今日の日本では当たり前のことかもしれませんが、フランスですら市民にとっては当時はじめてのことでした。

井関:オリンピックは経済社会の発展の結果として成立してきたイベントであるといえますが、逆に、オリンピックは社会に何をもたらすかという視点もあります。

三田村: 1924年のパリ大会は長期に渡る準備の下、こうした大きなフランス社会の変化の中で、スポーツ振興にとってあるひとつの一助になったように見えます。では、今回のパリ大会の後、フランスはどうなるでしょうか。まずはじめに、こうした点に焦点を当てる必要があります。このように、オリンピックなどの国家事業は、その開催前後の時間を見ることによって、その国家事業を開催した新たな意義や成果を見出すことができるのです。長い目で見てみるということです。

井関:近年のオリンピックでは「レガシー(遺産)」という言葉が使われるようになりましたね。

どこにも真似できない、歴史を刻むパリの街並み

三田村:逆に短い目で見れば、着目すべきは開会式です。今回は史上初となるスタジアムから飛び出して開催されました。アウステルリッツ橋からトロカデロ庭園までの約6kmのコースを選手たちがボートに乗って通過しました。スタート地点付近のパリ大聖堂は中世の建築で、次に近世から近代に開発されたルーヴル宮が続きます。終着点は1889年に建設されたエッフェル塔とその対岸のトロカデロ庭園で、これまでパリ万博などの主会場として繰り返し使用されてきた地域です。このように開会式のルートは、中世から近代の建築と都市を辿るかのようです。

井関:まさに前代未聞の開会式でした。

三田村:都市は建設と破壊の繰り返しによって築かれます。こうした蓄積がなければ、今回のような開会式を開催することはできなかったのではないでしょうか。今回の開会式も将来、歴史を遡ってみた時に、これまでに蓄積に書き加えられた、新たな1頁として捉えられることになるでしょう。現在賛否さまざまですが、新たな扉を開いたことは確かです。将来開催を控えたオリンピックなどの国家事業の企画者たちにとって、無視できない開会式になりましたし、その真価は逆に、今後の国家事業がどのような形で開催されるのかという点から、自ずと見えてくるでしょう。こうした点で、意義があったと捉えることができます。

大きくなりすぎたオリンピックの光と影

井関:一方で、オリンピックというイベントが大きくなりすぎて、摩擦も起きています。先進国では国内の社会問題を放置して巨額の投資をして開催する意味はあるのかとか、開催予算が膨らむ中で人間のための祭典が商業主義に陥っていないかとか、そういった批判が後を絶ちません。

:転機は、収益が黒字で終わった1984年のロサンゼルスオリンピック。そこから商業化が始まったと言われます。あの大会から開催時期が動かせなくなったんです。1964年の東京オリンピックが10月10日開会式だったように、それぞれの国で柔軟に決定できたものが、選手にとっていちばん過酷な季節が開催時期に固められた。一体、誰ファーストなの? そこまでしてやらなければいけないのか?と。そういう考え方は当然出てくると思います。

井関:とはいえ、精鋭のアスリートが一つの都市に集まり、世界中の人たちが注目する中で、世界一を決める。その過程で、感動があり、成長があり、交流があり、触発がある。オリンピック自体はやはり素晴らしいイベントです。闇の部分を少しずつ修正しながら続いて欲しいと思います。

デジタル時代のオリンピックの新たな楽しみ方

福田:前回の東京2020オリンピックの時もそうでしたが、ネット社会になったことで、探せばいろんな種目を観られる、観る選択肢が増えたというのは、今回でも期待できるところですね。

井関:TVでは人気スポーツしか見れないですからね。

福田:「放映権」というお金の問題も絡んできます。TV局は、国際オリンピック委員会に「放映権料」を払って放映する権利を買い取っていますが、人気スポーツの放映権は高いので、日本のTV局は、日本国内で人気のあるスポーツを厳選していると思います。以前は、生中継をそのまま流していることが多かったですが、最近は、たとえば陸上競技なら、日本選手や注目種目以外の時間に録画映像をたくさん使っているように感じます。録画の放映権は安いのかもしれませんね。

井関:タイパが重視される昨今。おいしいところだけを短時間で見れるというのは時代にあった方法といえるでしょう。

福田:あと、今大会でも観られると思いますが、最近は陸上競技なら走者の速度、槍投げなら投擲した時の投射角度とかが即時、画面上に表示される仕組みができています。

井関:感覚的に楽しむだけでなく、情報から分析する楽しみも加わったんですね。

福田:私のようにスポーツバイオメカニクスやトレーニング科学の分野の人材が、今後の強化のためにデータを記録し、選手個人や日本チームにフィードバックしているんですが、そのようなデータが一部ではありますが、一般人もリアルタイムで確認できるようになっています。サッカーの、有名な「三苫の1ミリ」のシーンがありますが、球技のライン判定も競技場内で複数のカメラを張り巡らせて、3次元データのような形で判定してるんです。

井関:福田先生はパラリンピックのサポートのご経験も?

福田:前回の東京大会は日本の陸上チームのコーチとして参加しました。今回のパリ五輪でも、映像サポートというかたちで、現地で映像を撮って分析し、選手やコーチに渡す活動をする予定です。

井関:映像分析を、アドバイスとともにフィードバックしているんですか?

福田:リクエストはさまざまですね。パラの陸上競技には、義足の選手も、車椅子の選手もいるし、種目もいろいろあります。その中で、単に「映像が欲しい」というケースもあれば、撮影の仕方への要望もあったり、分析したデータも欲しいという選手や担当コーチもいます。我々は、それぞれの現場の要望にあわせて提供しています。

部活動にも共通する、スポーツとお金の問題

井関:少し脱線かもしれませんが、日本で、そうしたサポートをしている人は多いんですか?

福田:普段の国内の試合では、健常者の大会でも、パラの大会でも日本陸上競技連盟の科学委員会に所属している大学教員や、協力員として参加する方が、大会ごとに必要な人数で集まってボランティアレベルで運営しています。

井関:非常に意義があり、やりがいもありそうですが、ボランティアなんですね。スポーツにお金が回らないという典型的な話ですね。

:非常に難しいです。中高生の部活動も「地域移行」が進んでいて、受入先が地域のスポーツクラブになる場合、お金が発生します。専門的な人に教えてもらえるのならお金を払ってでもやりたいという人もいます。でも、学校内の部活であれば、お金がなくてもスポーツを経験できました。地域移行によってそういう経験ができなくなってしまうのではないか。スポーツの価値を左右する大事な問題になっています。

井関:日本のスポーツの将来を変えるくらいの大きな問題ですよね。うまくいけば、スポーツを教えることが一つの職業として一般化し、全体として活性化しますが、悪い方向にいくと「格差」が生まれ、スポーツ人口も減っていく…

:まさしくそこなんですよね。だからこそ、いろんなところで検証し事例を集めている段階です。いま、うちのゼミの4年生が卒業論文で部活動について研究しようとしているので、学生と一緒に徐々に進めていきたいと思っています。

井関:スポーツを産業として、つまり職業として発展させつつ、その営みから排除される人がいないようにするにはどうしたらよいか。「インクルーシブ」をキーワードとする環境人間学部としては、非常に関心の高い研究ですね。

選手にとって、オリンピックはやっぱり特別

:いろんな種目が競われるオリンピックだからこそ、自分の好きな種目だけじゃなく、これまで見たことない種目や、知らないスポーツを知る機会になります。前回の東京オリンピックから、サーフィンが新しく競技に加わリましたが「サーフィンってどうやって競うのかな?」と思いながら見ていたら、来る波にも優先順位があるとか初めて知るルールばかり。でも見ているとコツがわかってきて、知らないなりに凄さがわかる。オリンピックだからこそ見ることができ、知ることができる。もっと知ってみよう、やってみようにも繋がっていくんじゃないかなと思います。

福田:選手と関わってきた立場から言うと、選手にとってオリンピックは本当に特別なものです。ほかにも大きな大会はありますが、選手たちのかけている想いが全然違うと感じます。4年間のすべてをかけて練習に取り組んで、この舞台を迎えている。また、その裏では代表キップを勝ち取れなかった選手もたくさんいます。スポーツは以前に比べて「楽しむ」時代になってきていますが、オリンピックに集う選手は確実に「勝ちたい」という強い気持ちがあります。そういう背景を感じながら見てもらえるといいかなと思います。

三田村:スポーツ選手にとってギリシャの競技場は特別な場所だと言われますけど、オリンピックはやはりスポーツ選手にとっても特別なものなのですね。

:オリンピックの出場者だけは「オリンピアン」と言われますからね。

井関:オリンピックを通して、それこそ必死に、真剣に取り組んでいる選手をみると、何か響くものがあり、自分も「頑張ろう」と前向きにさせてくれることがあります。そこがオリンピックの醍醐味であり、スポーツの力でしょうね。

:あの五輪マークも「五大大陸」を表してるんですよね。「世界が一つになる大会」というメッセージもあると思います。

井関:オリンピック・シンボルが表しているように、オリンピックこそインクルーシブなイベントでなければいけないと思いますね。今日のお話で、パリオリンピックがますます興味深く観戦できますし、オリンピック以外のことにも興味が広がりました。今日はありがとうございました。

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