【座談会】建築と福祉の二つの視点から考える、少年院出院者の居場所づくり~前編~
環境人間学部は「すべての人に豊かな暮らしと環境を」を理念に、文系から理系にまたがる5つの専門分野から構成されています。本学部が特に重視するのが、複数の視点・分野から問題にアプローチする「複眼的思考」。このため、学部内では分野を横断した交流や共同研究が行われています。今回は環境デザイン系の学生による卒業設計を囲みながら、社会デザイン系の教員や院生を交えて、ある社会問題について語り合いました。
環境デザイン系4年生(座談会当時) 卒業設計最優秀賞受賞
環境デザイン系(建築インテリア、居住デザイン、建築論・建築史)
Fさんの指導教員
社会デザイン系(福祉社会学、社会福祉学、障害者政策)
環境人間学研究科博士前期課程・竹端研究室/社会福祉協議会ソーシャルワーカー
社会デザイン系(コミュニケーションデザイン、かんなび管理人)
建築の視点から考える、少年院出院者が自立しやすい居場所
2023年度の卒業設計で最も評価の高かったFさんのプランは、少年院を出院した若者たちが直面する問題を「建築学」の観点から解決していこうとするものでした。今日は、福祉社会学を専門とされている竹端先生、そして、その竹端研究室に所属していて、社会福祉協議会の職員として更生支援の仕事に従事されている大学院生のNさんに参加していただき、社会学の視点からこのプランについてコメントしてもらいながら、この問題を深掘りしていきたいと思います。まずは、Fさんから設計の解説をお願いします。
はい。私は、少年院を出院した少年少女たちが、時間をかけながら社会に居場所がつくれるように、地域の人々と共に歩むエリアづくりを考えました。
『共に歩む居場所 ~誰一人取り残さない社会を目指して~』
<提案の背景>
「少年院を出院した少年少女」には、社会との間に更生・自立を妨げる大きな壁がある。
・家を借りることができない
・職に就くことができない
・社会との関わりを持つことができない
→再犯率58%
再非行や再犯に及んだ要因に対する認識の調査(非行少年・若年犯罪者)→不良交友、就学・就労の問題が主とされている。平成23年版犯罪白書 第7編 第4章 第3節 5)
<建築的観点から提案するまち>
⚫︎地域や周辺の住民が、この問題に意識を持つことができるまち
⚫︎出院した少年少女たちが、更生・自立のために歩き始める時の障壁を少しでも和らげるまち
⚫︎時間をかけて、社会に居場所をつくっていくことができるまち
<想定するロケーション:ある県に実在する「道の駅」>
「道の駅」がある敷地に想定。近くに刑務所や少年鑑別所があり、他県までつながるドライブコースも近い、人の流れの中継点。
出院後に働く場を敷地にとりこむことで、地域の人との交流の機会創出を想定した。
<敷地は4段構成>
出院者の仕事場(道の駅、製材所など)と共同生活の場、地域住民や支援者の生活スペース、交流の場が緩やかに繋がる設計
1段目:みんなが使える場所(ワークショップ通り、ドッグラン、散歩コースなど)、住宅、少年少女の寮=社会とのつながりを意識できるデザイン
2段目:道の駅、交流施設「みんなの館」=誰でも、いつでも、自由に利用できる憩いの場
3段目:住宅、展望台、回廊、小川など=季節の移り変わり、時間の流れを感じる場
4段目:製材所、少年少女の寮=協力雇用主の会社(働く場)と生活の場
→まちの好きな場所に、出院者は木の苗を植えることができる
=自分の分身、時間の経過や成長が見える存在
<少年少女たちの理想の成長過程「自立」「社会貢献」「人との関わり」>
⚫︎自立:協力雇用主と保護司の支援のもと、まちに住み、生活をする。
⚫︎社会貢献:道の駅で働き、自分が作ったもの・関わったものが町や住民に届く、喜びを体感するという経験を積んでいく。
⚫︎人との関わり:仕事場で、こうした機会が増えることで、住民と言葉を交わす機会も増える。
元々は刑務所を出所した人がターゲットだった
少し補足します。この提案は卒業設計として完成したものですが、実は4年前期の設計演習という授業で私が出した課題が出発点になっています。その課題とは『住居専用ではない集合住宅』というものでした。Fさんは、さまざまな社会問題の中から日本の再犯率の多さに注目し、当初は少年院ではなく、刑務所を出所した人をターゲットにデザインを考えました。
Fさんの提案をみたとき、正直なところ、教員としても「できるだろうか」と疑問に思いました。LGBTQ等でみられるように、以前よりも、自分の身上のカミングアウトがなされる社会になってきましたが、「このエリアにいる人たちは、刑務所から出てきた人」と当事者ではない人間から社会的にアピールすることになってしまいます。このような集合住宅は現実的なのか、そもそもその必要はあるのか、逆に問題を大きくするのではないのか…。当初からいろんなジレンマを抱えていました。
中間発表の際も、他の先生方から「刑務所を出所した人と、地域の人たちが関わる生活の場が想像できない」と指摘がありました。そこで改めて一から考え直すことになり、調べ進めていくうちに、少年院で服役中の子たちと、地域の人たちの間を繋ぐボランティアの存在を知りました。刑務所から出てきた大人は難しくても、少年院から出院した若者を対象とするなら、リアリティを持って考えやすいと思い、少年院出院者をターゲットに変更しました。
これも重要なことなのですが、人間は自分と違う存在に対して差別意識を持ってしまいがちです。そして恐怖心を抱くこともあります。刑務所を出た大人を対象にすると、現時点ではどうしても難しい面があります。でも、それが未成年だったらどうか。未来のある彼らのためだったら、我々大人として何かしなければならないだろうと思うし、そのためなら自分も変われるかもしれないと思いました。SDGsというのは自分が変わるということですよね。そこに接点が生まれ、この問題を考えていく道が大きく開けたように感じました。
また、建築サイドの話ですが、これまで「卒業設計」というと、豪華な文化施設などをデザインして、「大きな箱モノをつくり、来た人はみんなハッピーになる」というような提案が多かったのですが、今では学生も、そういうものは単に自己満足でしかなく社会的な意味はないと気付いています。
じゃあどうしたらよいか。重要なのは、即効性のあるものというよりも「時間をかけてつくる」という観点だと思っています。例えば、仮設的なものをつくって、それを広げ、だんだん施設化されていくようなありかたもあるでしょうし、将来の形は分からないけれども、小さいものをつくって少しずつ増築していくようなものもあり得ます。いろいろな形があるでしょうが、こういった時間の観点が重要になってきています。
今回のFさんの提案も、この場所で多様な関係を徐々に育んでいくという時間の要素が入っており、これから建築を学ぶ学生が考えていくべき方向性を真摯に扱っているという点で高評価を得ました。
補足ありがとうございます。確認ですが、ここでいう「地域の人たち」「住民」とは具体的にどのような人たちのことを指しますか?
大きく二つあります。一つは、問題の背景を理解し、出院者のことを考え自らこのエリアの中に居住する人、もう一つは、このエリアの周辺に住み、ここの施設を利用しにくる人を想定しています。
この地域を想定地として選んだのはなぜですか?
刑務所のプランを考えていた段階で、この県にある刑務所では、刑務作業として地元産杉を使って家具をつくっているにも関わらず、それを展示・披露する場所がないという実情を知り、出所者と住民が接点をもつ場所としてちょうどよいと思いました。その後、刑務所から少年院に変更した時、この道の駅の近くにちょうど少年鑑別所があり、家庭裁判所に移っていく前に立ち寄ってもらい、「戻れる場所がある」ことを知ってもらえるのではと考え、この地がふさわしいと思いました。
出院者と地域の人が関わる場所の、実現可能性は
では社会学サイドのお二人にこの提案に対する印象をお聞きしたいと思います。現在、ソーシャルワーカーとして働いているNさんは、この設計についてどのように感じられましたか?
僕は先ほどFさんがおっしゃった「出院者と地域をつなぐ存在」の一人として、10代から80代までの出院者や出所者の住む場所を調整したり、地域での暮らしをサポートしたりと、社会生活を送るための支援をしています。こういう方は社会の中で確かに生きづらさを抱えていて、この問題に建築の立場から注目してくれたことは、現場の人間としてとても嬉しいです。この作品はこの問題を知ってもらい、考えてもらう、いいきっかけになります。
現場の立場からこのプランの実現可能性、リアリティは?
「非現実」とは思わないですね。僕の仕事は、帰る場所がない出所・出院予定者と面会して、出所後にどんな生活がしたいかを聞き、それを実現するためにいろんな支援をするというものです。僕の住んでるまちに今回のプランのような場所があれば、利用するのもアリだと思いました。実際につくるとなると反対運動が起こると思いますが、対話や修正を重ねながら実現させていく社会であればいいなと思います。一方で、水上先生も仰っていましたが、カミングアウトの強制になってしまうのはよくないし、当事者が果たしてここに入りたいと思うかどうか。そういった葛藤も生まれると思います。
「つくっていいけど、近所はイヤ」をどう乗り越えるか
続けて、福祉社会学が専門で、精神病院等の問題についても研究されている竹端先生、印象はいかがでしょうか?
大変興味深く聞かせていただきました。日本には長く、障害のある人は病院や施設に「閉じ込める」という発想があります。障害者の大規模な入所施設は全国各地の山奥に造られ、物理的にも、社会的にも隔離させている現実があります。
日本でたくさんの大規模入所施設を造っていた1960年〜70年代に、アメリカやヨーロッパでは『施設解体・脱精神病院』の動きが始まりました。例えば、スウェーデンでは国策で、2003年に知的障害者施設をゼロになりました。施設跡地に住民のための家や、知的障害者が住むグループホームをつくって、近所に暮らす環境をつくっています。また、イタリアの都市トリエステでは、巨大な精神病院を解体した跡にバラ園や小学校をつくったり、院長邸宅跡をグループホームに変えたりしています。
障害者たちが住むグループホームと、地域の人たちが住む住居が共存している、と。
そうですね、精神病院跡地を、地域の中の拠点としてインクルーシブなものにしようと。社会的弱者と言われる人と共に地域の中で暮らし合う施設がつくられています。
日本でもそうした取り組みは増えてきていますよね。出所者の方達にとって、この提案のように「暮らし合う場がある」ことでどんな変化が起こるのか、僕も興味があります。
日本で『施設解体・脱精神病院』が言われ始めたのは、欧米から遅れること30年。2000年代になってからです。ところが今度は「施設コンフリクト」という問題が新たに出てきました。地域の中に入所施設や精神病院をつくろうとすると、「つくって大丈夫ですよ、だけど、うちの近所にはつくらないで」と『NIMBY症候群』(「Not In My Back Yard」の略)スタイルの反対運動が全国で起こっています。
「脱施設・脱精神病院」の動きがありながら、『施設コンフリクト』もあるという現実がある中で、今回の提案のポイントは、地域の人が一緒に、少年院を出院した人たちと暮らせるような場をつくろうとしたところ。「新たにつくるまちを、インクルーシブなことを意図としてつくる」というのは極めて高度で、新しい着眼点として面白いなと思いました。
スウェーデンの例に、似た面がある?
あると思います。『施設コンフリクト』の背景には差別があります。明確に差別意識があるところをどう乗り越えて、共生的な場をどうつくっていくのか。これは障害者領域だけでなく、最近では幼稚園や子どもの多い公園も含めて、日本各地で大きな課題になっていますよね。
スウェーデンの場合、グループホームの存在はオープンにされているんですか? 今回のFさんの提案では、少年院出院者が暮らしていることを広く共有する、発信する、というところに及んでいますが…
そこが最大の違いです。スウェーデンの行政担当者に「反対運動はないのか?」と質問すると「ない」と。その理由は「つくると言わないから」というんです。「普通の住民が戻るだけなのに、なぜ説明会しなきゃいけないんだ」と。グループホームの人は「異なった人」と言うレッテルを貼り、説明会をしてしまったら、反対運動は起こるのは当たり前。だから、言いませんと。
(後編はこちらから)