根っこの力を明らかにしたい。 文系だった私が森林の道に進んだワケ(大橋研究室・博士前期課程2年)
文系から理系へ
学部入試を私は文系型で受験したので、2年次からは文系の系に進むつもりでいました。しかし1年後期、色々な分野の先生がオムニバス形式で授業をしてくださる「総合講義」を履修したのですが、ここで自然環境に関する授業がとても面白く感じられました。これがきっかけで、これまでも自分が環境に関する事柄に目を向けてきたことに気づき、自分の中に自然分野への興味があることを自覚するようになりました。そこで意を決して理系色の強い環境デザイン系に進むことにしました。この選択ができたのは文理混合の環境人間学部ならではだな、と今振り返れば感じます。
2年生からは自然分野に関する授業を履修していきました。ただ、やはり受験時に文系だったので授業についていくのが難しい場面もありました。例えば、物理基礎という授業では公式を理解するのに時間がかかり、授業後に行う小テストでは10点中2点を取ることも珍しくありませんでした。でも、友達に分からないことを聞いたり、小テストを見返したりするなどして理解を深めました。最後の小テストで念願の満点を取れたときはとてもうれしかったです。
自然災害の研究ができるゼミ
私は主専攻(環境人間学部)とは別に県立大の副専攻「防災リーダー教育プログラム」を受講していました。ここで防災に関する授業を受けたことと、自然分野に興味があることが合わさり、自然災害をテーマとした研究がしたいと考えるようになりました。そこで、2年後期の専門ゼミ選択の際には、自然災害に関する研究が行えるゼミを探すことにしました。
いくつかのゼミを訪問する中で、森林環境学を専門とする大橋瑞江教授から「それなら今、うちに土砂災害について研究している学生がいるから、それを引き継ぐような研究をしてはどう?」とご提案いただき、とても魅力的に感じました。ここしかないと思い、大橋先生の研究室に入ることにしました。
3年生では2年生よりもさらに専門性の高い授業を履修し、知識を身に着けていき、研究室では野外調査に参加するなど、卒業研究に向けた活動が始まりました。そして大学4年生になると卒業研究が本格化、論文を読んで知識をつけ、データの解析を進めていきました。初めての研究で多くの困難にぶつかりながらも、なんとか4年間の集大成を作り上げることができました。
森林ともっと深くかかわりたい!
当初、卒業後は森林とは関係のない民間企業に就職するつもりで就職活動を行っていたのですが、4年生の春に大橋先生がゼミの場に、研究室のOBで森林にまつわる仕事を専門とする公務員職に就いた先輩を招いてくださり、直接、お話を伺う機会がありました。
それまで森林を対象とした技術職があることは知っていましたが、詳しくは理解していませんでした。しかし、その先輩から仕事内容について詳しく聞くうちに、勉強してきたことを活かせるのは素敵だなと思うようになりました。また、ちょうどこのころ研究活動が楽しくなり始めていて、そういう中で「私、森林が好きかも」と感じるようになりました。今まで勉強してきたことを活かせる仕事に就きたいという気持ちと、もっと深い部分まで研究したいという気持ちが高まり、私は森林に関する知識と経験を身に着け、森林を専門とする公務員職を目指すために大学院進学を決意しました。
根っこのすごい力
大学院では樹木の根っこが持っている土砂災害を防ぐ力の評価をテーマに研究を行いました。根っこは土の中に張り巡らされることで土の移動を抑え、土砂災害を防いでいます。具体的には山の斜面で土に力が加わり崩れ落ちてしまいそうな時、根っこがあることによって土をつなぎ留め土砂災害を防ぐことができます。ですが、根っこが切れたり抜けてしまうと力が弱くなり災害が起きる可能性が高くなります。そのため事前に根っこの力が弱い場所を見つけておく必要があります。
例えば兵庫県だと、六甲山のような、人が沢山住む場所の近くにある山では、災害が起きることによる被害が大きいため、根っこの力を評価する必要があります。ですが今まで、六甲山のような色々な種類の樹木が育つ環境で、根っこが互いにどのように影響し合っているのかは調べられていませんでした。そこで私は、樹木の種類によってその力がどう変わるかを研究することにしました。分かってきたのは、樹種の組み合わせによって土砂災害を防ぐ力の出方が違うということでした。つまり、土砂災害発生リスクを調べるには、生えている樹木の種類を考慮する必要があるということです。
また、根っこの力を把握するためには土の中でどのように伸びているかを調べる必要があります。ですが、この作業はとても大掛かりで時間もかなり必要です。そこで土を掘らずに根っこの状態を地中レーダという機械を使って推定する方法が開発されました。地中レーダとは電磁波を地面に向かって放出する機械です。土の中の根っこに電磁波が当たると反射され、何もない状態と違いが生まれます。これによって根っこの有無を推定することができます。
そこでこの技術を使って根っこを推定し、それをもとに土砂災害を防ぐ力を評価してみることにしました。六甲山をフィールドに、地中レーダを使って力を推定し、併せて実際に土砂災害を防ぐ力も計測して両者を比べることで、この方法がどれくらい正確に推定・評価できるかを分析しました。その結果、実際の値の約8割という高い精度で評価できることがわかりました。この方法を使えばより早く根っこの力を評価することにつながる可能性が見えてきたのです。
大学院生活で培ったもの
研究活動はとてもやりがいのある充実した日々でしたが、やはり苦労したことも少なくありません。特に私が大変だったと感じたのは冬の時期に行った調査です。根っこの調査は基本的に一つの場所に留まってひたすら計測していく地道な作業になります。常にじっとしているため冬場は特に辛かったです。ですが、ここでの経験を通してやり終えたときの達成感や忍耐力を得ることができたように思います。これは社会人生活を迎える上で大切なことだと考えています。
指導教員である大橋瑞江教授からは研究活動の進め方など、非常にたくさんの指導をして頂きました。特になぜこの研究をする必要があるのか、といった問いを投げかけられる場面が多かったです。今自分がやっていることが何につながるのかについて深く考えることで、物事を客観的に考える力が身に着いたと実感しています。
また、大橋先生には他県で行われた調査への参加や、学会での発表など、様々な経験を積ませてもらいました。色々な経験をすることによって物事の対応力や判断力を養うことができました。大学院での生活はとても濃いものであり、研究活動を進める中で自分自身を成長させることができたように思います。
学びを活かした社会人生活へ
私は大学院卒業後、林野庁に入庁することになりました。林野庁とは国の省庁の1つであり、国が保有する森林の管理や木材利用の促進など、森林にまつわる様々な仕事を行う公務員職です。森林に関わる仕事がしたくて大学院進学したわけですが、林野庁を選んだのは公的な立場で森林に携われるという理由が大きいです。民間企業であるとどうしても利益を優先しなければなりません。ですが公的な立場であれば森林による災害の防止策や種の保全といった公益的な利益を追求することができます。今後は、研究活動で培った知識と経験を活かして職務に携われればと考えています。