虐待の影響から生じる子どもの問題行動をどう理解し支えるか (井上靖子研究室・博士前期課程2年・兵庫県職員)
こんにちは。2021年に環境人間学研究科博士前期課程に進学し、井上靖子研究室に2年間所属しておりました西本と申します。今回、ありがたいことに研究を紹介させていただける機会をいただきましたので、私の研究テーマや社会人として働きながら研究をしてきた経験などをご紹介させていただきます。少しでも進学を検討されていらっしゃる方の参考になりますと幸いです。
子どもの問題行動ってこんなに大変なの?
私は兵庫県に入庁し、児童福祉専門職員として7年ほど勤務しています。児童福祉専門職員とは簡単に言うと、子どもの安全や福祉を守る仕事です。子どもの福祉に関わる中、異動により「一時保護所」にて児童指導員として勤めたことが大学院進学を考えるきっかけとなりました。勤めている一時保護所では、人間関係のトラブル、暴力行為などといった子どもの問題行動が度々発生しており、かつ問題自体も複雑で対応に何度も苦慮したのです。
その経験が研究への大きな原動力となりました。もともと職場では向上心を持ち、熱心に勉強している先輩方が多かったこと、身近な上司が働きながら大学院で研究していた姿を見ていた事も大きく影響しています。こうした経緯から、一時保護所で発生する子どもの問題行動についての職員側の理解や対応についての研究をしてみたいと思い、環境人間学研究科へと足を踏み入れました。
一時保護所ってどんなところ?
皆さん、一時保護所がどのような場所かご存じでしょうか。ニュースなどで単語を聞いた事がある方はいらっしゃるかもしれません。研究内容を説明する機会が多くありましたが、一般的な認知度は低い印象です。一時保護所を簡単に説明すると、児童相談所の管轄下にあり、保護を必要とする子どもを一時的に預かる施設です。よく児童養護施設と間違われる事が多いのですが、家庭に戻る・施設に行くなどといった次の行先が決まるまでの「一時的な期間」生活する場所であることが大きな違いです。
一時保護所は、虐待を受けた子、家出などの虞犯・非行傾向のある子、保護者がいない子など、様々な理由によって保護された子ども達が、一緒の場所で24時間生活を共にします。近年では保護件数の半数以上が、虐待を理由に保護されており、虐待から生じるトラウマなどの影響に対するきめ細やかな対応が求められています。
一時保護所では子どもの問題行動が多くみられます。様々な要因・理由が挙げられますが、虐待や不適切な養育を受けたことによって、子どもは過剰な警戒心や不安感を抱きやすくなっていること、感情統制が出来ないこと、今後の先行きが分からずに不安を抱えていることなど複数の要因が複雑に絡み合い生じています。
問題行動の中身としては、人間関係が上手く築けずトラブルを起こす、暴力を振るう、物に当たる、過度に死にたい気持ちを持つ、自分を傷つける行為をする、意欲が持てなくなる、虐待を受けた事によりトラウマ症状が出てしまうなど多岐に渡ります。
一見すると子どもの我儘や、やりにくい子で終わってしまいがちですが、こうした子どもの問題行動の背景や要因をしっかりと理解した上で対応する事が何よりも重要であると考え、私はこの職員側の理解と対応についての研究をおこなってきました。
必死に生きようと頑張ってきた子どもに思いを馳せる
研究では、子どもに直接関わり支援をしている一時保護所の職員の方々にご協力いただき、インタビュー調査を実施しました。インタビューでは、子どもの問題行動に、より良く関われた場面(養育促進)と、うまく関われなかった場面(養育停滞)について、それぞれどのように理解し、対応したのか詳細を聞き取り、得られたインタビュー内容をKJ法にて質的に分析しました。
調査を通じて、子どもに対する熱い思いや信念・考え方や関わりにおいて重視している点などを聞く事ができ、たくさんの刺激と感銘を受けました。
得られた調査結果は図の通りです。研究では、何よりも職員の子どもへの心の向け方や心の余裕が大事であること、また、受容的で一貫性のある関わりに加え、積極的に子どもの良さを引き出す関わりや集団生活を通した成功体験へとつなげて、子どもの自己肯定感を高める働きかけをしていくことの大切さなどが明らかとなりました。
虐待や不適切な養育を受けてきた子どもは、心に大きな傷を持っています。そういった子どもを私達、大人はしっかりと理解し、心に寄り添った関わりをしないといけないと研究を通して改めて痛感しています。仕事と研究の両立は想像以上に大変でしたが、職場の理解があったこと、集中講義やオンラインでのやり取りが出来る環境が整っていたこと、そして何より指導教員の井上先生が臨機応変に対応してくださったお陰で続けることが出来ました。
研究で得られたことを仕事で生かす
今後も児童福祉分野の専門職として、たくさんの子ども達と関わっていくことになると思います。時には挫折を経験するでしょうし、これで対応が良かったのか自問自答をする日々は続くかと思います。大学院で研究をする過程で学んだこと、研究自体から得られたことを仕事に生かし、これからも問題を抱えた子ども・家庭への支援に奮闘し、子どもの笑顔が1つでも多く見れるよう、尽力していく次第です。
(2022年3月卒)