フルマラソンを完走するにはどんな練習をしたらいいの?(教員:森 寿仁)
環境人間学部人間形成系の森寿仁(モリヒサシ)です.専門はスポーツ科学,中でも「運動生理学」「トレーニング科学」が専門です.
暮らしの中のマラソン
まず,マラソンと聞くと,「きつい」「しんどい」という印象を持っている人が多いと思います.それは,学校体育の持久走で「ひたすらしんどいのを我慢して走り続けなければいけなかった」という辛い思い出からではないでしょうか?生涯スポーツの1つであるマラソン,言い換えればジョギングやランニングで,学校体育の持久走のように,毎回全力で走る必要があるのかを考えてみてください.実施するハードルはグーンと下がるように思います.加えて,マラソンは,シューズとウェアさえあれば,いつでも,どこでも,一人でもできるスポーツです.また,外を走れば,日本特有の四季も感じることができます.つまり,マラソンは暮らしに近い,生涯スポーツの1つと言えます.
今回は,マラソンといっても,フルマラソンを完走するための練習方法について紹介したいと思います.練習方法と言っても,トレーニング方法は様々です.そのため,フルマラソンの特徴を知り,どのように考えてトレーニングをしたらよいのか,それを解説したいと思います.
「スポーツトレーニング」を科学的な視点からみる
スポーツトレーニングと聞くと皆さんは何を思い浮かべますか?「自分の体力を高めるために毎日きつい練習を行う」という印象を抱く人が多いのではないでしょうか?いわゆる根性論に近いそれは本当の意味でのトレーニングでしょうか?では,トレーニングを語源から考えてみましょう.
トレーニングは英語で「Training」と書きます.つまり「Train」の現在分詞(ing)形で,語源は「Train」と言うことになります.では,「Train」と聞くと何を浮かべますか、、、、、言わずもがな「電車」ですね.では,なぜ電車がトレーニングのもとになっているのでしょうか.
電車はほとんどの人が一度は乗ったことがあると思います.では,皆さんは電車に乗るとき,どのように電車を選びますか?第1作業として「目的地の最寄り駅は何駅なのか」,第2作業として「自分の最寄り駅は何駅なのか」,第3作業として「どの電車に乗ればスムーズ(早く)につくのか」を考えるのではないでしょうか?実はスポーツトレーニングも同様に考えることが必要になります.先ほどの作業順と対応させると,第1作業として「なりたい自分を想像する(例:マラソンを完走したい)」,第2作業として「現状の自分を知る(例:〇キロまでなら楽に走れる)」,第3作業として「どのようなトレーニングを行えば(選べば)よいか考える」となります.このように考えると,なぜ「電車」が「トレーニング」の語源になったのかがわかってくると思います.
市民マラソンの現状を知る
私はもともと陸上競技の中長距離走選手だったこともあり,大学院生のころ,フルマラソンを完走した市民ランナーに対してアンケート調査を行い,合計で約1500名分のデータを集めました.これは,インターネットを使わずに,レース後に疲れているランナーから直接聞き取り調査を行った,現場の声を直接拾った貴重なデータです.調査した項目は,年齢,体格,マラソンの出場回数,練習量(月間走行距離),レース中にきつくなり歩いたり・立ち止まったかどうか,レース中の痛みの部位,など簡単なものです(実際には他にも聞いていますが,主なものだけ抜粋しています).
その調査から見えてきた市民ランナーのマラソンレース中の実態について一部紹介したいと思います.「レース中にきつくなり歩いたり・立ち止まったりしましかた」と言う質問をしたところ,男性で46%,女性で52%が「はい」と答え,約半数のランナーがレース中にやむを得ず歩いたり,立ち止まったりしていたという現状がわかります.また,初心者ランナー(マラソン出場回数が3回以内)では中級者以上のランナーと比べてもその割合が高いことがわかります.つまり,マラソンは経験を積むことによって,快適に走る術を身に付けていくという知的なスポーツであることが窺えます.
次に,「レース中の痛みの発生部位」について質問をしたところ,男性では,ふくらはぎの筋肉痛,太もも前・後の筋肉痛,膝の関節痛が上位を占めました.女性でも同様な傾向は認められますが,最も多かったのが膝の関節痛で,それ以外でも腰痛や足首痛の割合が高く,それらは男性よりも高い割合で認められました.つまり,男女で実施すべきトレーニングが若干異なることがわかります.実際にどのような点に注意してトレーニングをすればよいかについては後程解説します.
自分の能力を把握する
前述の「トレーニング」の意味からもわかるように,「なりたい自分」と「現在の自分」を知らなければ何をしたらよいのかがわかりません.したがって,それらを知る手段が必要となります.持久力を測定すると考えた場合には,学校で実施した1500m(1000m)走や20mシャトルランテストが浮かぶのではないでしょうか?その他にも,12分間走(12分間でどれだけの距離を走れるかを計測)も持久力を測定する上で有効であると言われています.しかし,ここではそのような走るテストをせずに,自分のマラソン能力を予測する方法について紹介したいと思います.
まず,予想に必要となるのは,年齢,BMI(体重[kg]÷身長2[m]),フルマラソンの出場回数,月間走行距離の4項目です.これら,4項目は日頃のトレーニング状況をある程度把握していれば誰でもわかるものです.そして,下記の式に代入することで,おおよそのフルマラソンの予想タイムが計算できます.
マラソンタイム(分)=
114.4−0.23×月間走行距離(km/月)+7.2×BMI−0.7×マラソン出場回数(回)+0.5×年齢(歳)
※女性は上の式から計算された時間の1.2倍
この予測式から算出される推定タイムは,これまでの運動経験や,レース中のペース配分,レース当日の体調などによって誤差はあります.しかし,自分の能力を容易に把握するためには十分な資料となり得ると言えます.そして,この能力に見合ったペースでレースを走ることでオーバーペースになりにくく,比較的快適にマラソンを完走することができると言えるでしょう.
マラソンを完走するためのトレーニングは?
私は前述の約1500人の調査結果から,マラソンを歩かずに快適に完走するための基本的な方向性について分析を行いました.その結果男女でトレーニングの内容が異なることもわかりました.
男性ランナーの場合,日頃の練習量が重要で,少ない人ほどレース中の傷害や身体の痛みを感じている人が多く,レース中に歩いてしまっていました.加えて,体重が重い人も膝や腰の痛みを感じていることがわかりました.したがって,男性ランナーは,日常忙しいとはいえ,走る時間を見つけて練習をすること,そして,体重が重い人(特にBMIが25を超えるような人)の場合には食事をコントロールするなどして減量もしっかりとするべきであると言えます.
女性ランナーの場合,練習量や体重はレース中に歩いてしまう原因とはならず,むしろ膝の関節痛などの傷害がレース中に起こらないような走フォームを身に付けたり,膝周りの筋力トレーニングを行って関節を安定させた方がマラソンレースを歩かずに快適に走れると言えます.
また,目標タイムを設定したいのであれば,前述の式を使って,どれぐらいの距離を練習で走ればよいのか等計算することもできます.
最後に
フルマラソンにはいろいろな影響が関連します.細かく言うと,走るコースや気象条件などによっても異なるため「最良のトレーニングをして,完璧に走る」などと考えてしまうと,何も行動できなくなってしまいます.私はあくまで,トレーニングをするための「入り口」や「考え方」を提案しています.
スポーツ科学と聞くと一般的に「答え」を求められることが多いです.例えば「マラソンを完走したければ何をしたら良い?」と聞かれます.それを簡単に答えられれば良いですが簡単には答えられません.なぜなら,体格,走レベル,練習に充てられる時間、、、など人によって状況は様々です.反対に,「○時間で走りたいなら毎日〇キロ走ってください」などと言えるかもしれませんが,それがその人にとって時間やレベルから考えてできる内容かはわかりません.そのため,私は目標を設定し,自分の現在地を知ってトレーニングを行うことが大切だという「考え方」を提案しているのです.
コロナ禍において屋外でお金をかけずにできる運動としてマラソンが改めて注目を浴びています.実際に,コロナ後にはマラソンランナーの人口が増加するのではないかとも言われています.マラソンは知的なスポーツであるとともに,奥の深いスポーツです.マラソンにはまだまだ未知の可能性があり,今後も本学の学生と一緒に,その未知なる可能性を明らかにするとともに,トレーニングの考え方について啓発できればと考えています.