井上靖子教授(臨床心理学)が「児童養護施設で暮らす高校生と本学部学生との対話交流」を実施
人間形成系の井上靖子です。臨床心理学を専門としています。
2024年10月27日(日)に、X児童養護施設から高校生7名(高1(男2名)、高2(男1名女1名)、高3(男1名女2名))、施設職員3名を迎え、本学部学生3年生5名(女)、4年生1名(男)らが「夢かたりあい交流事業」を実施しました。
2023年の児童養護施設退所者の大学進学率は40.5%と、一般の高校生の61.1%より低いという現状にあります。こうした進学率の低さの背景には、①高校生らの家族の経済的基盤が脆弱であること、②特に施設で暮らす子どもの71.7%(こども家庭庁,2024)らは虐待を経験しており、困難なことがあっても家族を相談相手としにくいこと、②模範となる大人に恵まれず、将来像をもちにくいこと、③施設退所後は、生活と学業の両立を担わなければならないこと、などの理由が挙げられています。
「夢かたりあい交流事業」とは、兵庫県独自の交流事業(ふるさとひょうご寄付金)のことです。児童養護施設で暮らす高校生と大学生が、将来選択に関する様々な事柄、気になることや不安について対話を交わし、交流することで、高校生に大学進学への動機づけの機会を作り、将来の進路選択を考える場を提供することが主な目的です。
当日のプログラムとして、10時に門で出迎え、大学構内の見学、大会議室にて学部系課程の説明のあと、研究室に移動し、双方の自己紹介後、高校生と大学生との対話を行ないました。
また、昼食後、13時から14時30分まで、心理学演習として、マンダラ画の作成をしました。残りの時間、15時まで全員で、振り返りの話し合いを行ないました。さらに、後日、高校生から事後感想を郵送してもらいました。
高校生と大学生の対話交流
高校生からの事前質問をもとに、大学生ら本学学部選択の理由や、将来の夢をどう決めたのか、大学の学びが就職にどう役立つのかについて話し合いをしました。特に、高校生から質問が多かったのは、一人暮らしの家賃、生活費にいくらかかるのか、奨学金をどのように取得しているのか、大学生活とバイトをどう両立させているのかなどでした。1人暮らしをしている大学生らが、具体的な生活費の内容やバイトの時間や収入、講義後の時間の使い方などを伝えました。サポートを得られにくい高校生らは、経済的にも自立しながら、どう大学生活を過ごせるのかについて関心が高い様子でした。3名は将来も就職、1名は専門学校進学を決めていて、大学進学希望は2名に限られました。ですが、就職を決めた1名が、今回の交流のなかで「大学に進学したい思い」を伝えていました。
心理学演習(マンダラ画)の作成を通して
マンダラは中心と対極性があり、目的を定め、心を整える心理的効果があると言われています。高校生らは、大学生のサポートをもらいながら、好きなパステルの色を選び、自由にくり抜いた形からマンダラを作成していきました。1人1人が、驚くほど、色や形の異なった、気持ちの込められた個性のある作品を仕上げました。
交流を振り返って
高校生から、「1人暮らしや大学生活について具体的に聞けて少し想像がついたのでよかった」「初対面の人に話したくないような内容まで教えてもらって有難かった」「カリキュラムやゼミについて聴けてよかった」「進路について考える良い機会になった」などの事後感想をもらいました。
大学生らも、高校生から、高校や大学との違いは何か、大学での学びはどう就職に役立つのかなど普段はあまり考えてこなかった質問を投げかけられ、どうして本学部を選んだのか、現在の学びを将来にどう生かして行くのかなどを考え直すことができたとのことでした。また、高校生と施設職員との何気ないやり取りから、高校生らの優しい気持ちを感じたという感想も述べられました。
「夢かたりあい事業」の意義
大学生が高校生らの率直な質問に対して、自己開示しながら、赤裸々に話をしました。これによって高校生らは、大学生活について具体的にイメージしやすくなったようです。年齢の近い大学生の経験、悩みや葛藤を伝えることが高校生にとって具体的なモデルとして役に立つのではないかと思われました。
「夢かたりあい事業」は、高校生が大学進学という選択肢を増やすだけではなく、様々な立場の人々が本音を語り合うことで、自分は何をしたいのか、社会で自立するとはどういうことなのかについて自己洞察や自己理解を深めるエンカウンター・グループとしての意義があったように思われます。
なお、高校3年生の生徒が、既に就職を決めているけれども、今回の交流事業を通して、大学進学への思いを強くした生徒もいたので、今後は、せめて高校1年生からこうした交流事業に参加できることが望ましいと考えられました。