地域の「らしさ」を継承するために『五感のデザインコード』をつくる(教員:土川忠浩)
環境人間学部環境デザイン系
教授 土川 忠浩
建築環境学って何だか難しそう・・・
環境人間学部環境デザイン系の土川忠浩です。私の専門は建築環境学です。
まず、皆さんは「建築」というと、どのようなイメージをお持ちでしょう? 大きな建物、カッコいい建物、かわいい住宅、地震や災害に強い建物といった印象かと思います。これらは【美】の要素だったり、【強】の要素ですが、実は建築にはもう一つ【用】の要素があります(建築では、「強・用・美」といいます)。ここで【用】の要素は何かというと、かなり大雑把には、安全・健康・快適さを基本とする「環境」です。ここでの「環境」は、音、光、熱・湿気、空気のような人間の五感に直接関わる要素と考えてください。当然のことながら、これらの感覚は人の感情(心理)や身体機能(生理)とも密接な関係にあります。【強】や【美】とともに、【用(環境)】を充実させることにより、人が健康で快適に過ごせる建物や街(まち)がつくれ、人の暮らしを豊かにすることにつながっていきます。
私の専門の「建築環境学」は、この人間の五感・生理・心理と、環境の要素との関係の『しくみ』を探求し、人が安全・健康・快適に暮らすことができる建築や都市の空間を『くふう』してつくりだす学問です。
『五感のデザインコード』のチャレンジ
皆さんは「デザインコード」という言葉をご存じでしょうか? 主にまちづくりに使われる言葉です。例えば、古い伝統的な建物がならぶ町並みを想像してみてください(京都、金沢、飛騨高山などにある観光地として有名な町並みが残っています)。そこには、そのまちの「らしさ」をつくるデザインがあります。例えば、古い町家の格子だったり、壁の色だったり、屋根の造りだったりします。こういった「らしさ」のデザインを一つの“約束事”(デザインコード)として共有することにより、建物の一部を修繕・修理したり、新しくその場所に住宅などを建てようとする場合は、そのデザインコードを取り入れることで、町並み全体の雰囲気を壊さないようにする効果があります。
環境人間学部のあるキャンパスから東に歩いて15分ほどのところに、今でも伝統的な古い町家が残る野里(のざと)地区があります。ここでは、写真のように昔ながら町家建築が残っており、雰囲気の良い景観をつくっています。これを見ると、町家建築として、漆喰(しっくい)の白い壁や、格子など、昔ながら雰囲気を作り出す“約束事”(デザインコード)があることがわかります。
デザインコードは、このように、いわば建物の「見た目のデザイン」に関係するものがほとんどです。研究室では、これらに建築環境学の視点から、音、光、風、匂いなど、人間の五感に関わるようなデザインを加えられないかと考えています。
例えば、この野里地区には「明珍火箸(みょうちんひばし)」という鉄製の火箸を組み合わせた風鈴が作られている工房があります。平安時代から続く明珍家は、48代目までは武士の鎧や兜を作る甲冑師として姫路藩主などにつかえてきましたが、明治維新で武士の時代が終わると、火箸づくりに転じたそうです。この火箸を使った風鈴は、それはそれは透きとおるような軽やかな音を奏でます。このような音も、この地域独特の「音」として「五感のデザインコード」として活用できるかもしれません。(明珍火箸については、明珍本舗HP http://myochinhonpo.jp/ をご覧ください)
明珍火箸の風鈴は、まずは夏の季節に活かされることでしょう。とすると「五感のデザインコード」は、四季のうつろいなど、季節や時間の要素を表現できる可能性があります。従来の建物の外見的(意匠的)である、いわば【静】のデザインコードに対して、季節、時間、それに関わる人間の感覚をデザインに取り入れることによって、「五感のデザインコード」は、いわば【動】のデザイン(あるいは「時間のデザイン」)と言えるかもしれません。音に限らず、光、陰影、風通しなどを組み合わせることで、全くの理想ではありますが、例えば「木漏れ日」「昼下がり」「ひなたぼっこ」「夕凪」といった忘れかけている言葉がぴったりな、ゆったりとした空間ができるかもしれません。こういったものは、環境人間学がめざす建築や町並みとして、意義あるものと考えています。
五感のデザインコードのための重ね地図『ミルフィーユ・マップ(仮称)』の提案
研究室の3年生の学生たち6名が、五感のデザインコードを作成する前段階として、クリアファイルを使った手づくり重ね地図『ミルフィーユ・マップ(仮)』を考えました(クリアファイルを使った地図は文献を参考にしています)。クリアファイルを使ったマップは、透明なクリアファイルに、あらかじめ街の地図を印刷しておき、その中に様々なテーマ(例えば、古い町並み、レストラン、土産物屋)のものを重ねることで、地図上にテーマに沿った地図ができあがるというアイデアです。
このアイデアを基に、学生たちはこのテーマのシートをさらに重ねることで、新しいものが見えてこないかということを考えました。つまり、一つのテーマを一つの透明シートに書き、様々なテーマを組み合わせ(重ね合わせ)によって、新たな魅力が発見できるのではないかと考えたわけです。研究室の学生たちは建築を学んでいますので、こういった方法は建築設計ソフト(CAD)での「レイヤー」と同じように考えるのは自然のことです。さらに、シート(レイヤー)を重ねることは、まるでお菓子の「ミルフィーユ」のようなので、これを『ミルフィーユ・マップ』と名付けました。
このミルフィーユ・マップは、史跡や古民家などの「モノ」ばかりではなく、地区の催事などの「コト」や、歴史上の人物「ヒト」も入れ込むこともできます。さらに、そもそもの目的である「五感のデザインコード」としての「風の通り道」「木漏れ日」「日なたぼっこ」など、五感のデザインコードをも表現できるのではないかと考えています。
このように考えていくと、このような重ね地図(ミルフィーユ・マップ)には、「ヒト・モノ・コト」のみならず、時間と空間の概念を加えることにより、「自然環境保全」、「ユニバーサルデザイン」や「防災」などにも役立つことも期待できますし、また、個人のこだわり地図をつくることで、一人一人の個性(こだわり)をまちの財産にすることもできるでしょう。
もう一つの重要な観点は、これを地元の皆さんが一緒に作ることで、お互いのコミュニケーションを深めることができることです。このような活動を継続的に行っていくことで、徐々かもしれませんが、子どもたち、高齢者など、様々な人のコミュニケーションを主体としたまちづくりにつながっていくのではないかと考えられます。
重ね地図づくりは、単にテーマの重ね合わせである「相和効果」ばかりではなく、さらに新しい価値を生み出す「相乗効果」にもつながると考えます。期待は膨らむばかりです。
このマップを作成する前に、野里自治会の皆さんと、ワークショップや町歩きをしました。
参考文献
手書き地図推進委員会編著:地元を再発見する!手書き地図のつくり方,学芸出版社,2019