環境人間学研究科博士前期課程/「地域スポーツ」の場から、 世代間交流と健康の関係を探る。
環境人間学部で学んだ先輩たちは今、大学で学んだことや経験したことを、社会でどのように生かしているのか。そして、「これからの暮らし」について、どのように考えているのか。今回は、システム開発会社に勤務しながら、大学院で学ぶNさんにお話を伺いました。聞き手:森 千春(WORDWORK)
株式会社ファインシステム/大学院環境人間学研究科1回生 Nさん
兵庫県出身。2012年、大分県立芸術文化短期大学 卒業後、兵庫県立大学環境人間学部2年生に編入学。卒業後、株式会社ファインシステムに入社。さまざまなスポーツイベントのタイム計測や集計業務などに従事する傍ら、2021年、兵庫県立大学大学院 環境人間学研究科に入学。現在、「地域スポーツ」や「世代間交流」をテーマに研究中。
出場者の記録計測で、スポーツイベントをサポート。
森:本日はよろしくお願いします。Nさんは、スポーツイベントに携わるお仕事をされているそうですね。
Nさん:そうですね、会社自体はITシステム会社ですが、その中でオリジナルシステムの開発チームやWebサイトの制作チームなどがあって、私はスポーツイベントの現場で、記録を計測する『スポーツイベントチーム』に所属しています。
森:どんなスポーツイベントなのですか?
Nさん:マラソンイベントが多いですね。秋からは全国各地で、毎週末のようにマラソンイベントが行われていて、コロナ禍以前は私も各地を飛び回っていました。夏場はインターハイや国体、ボート競技やアーチェリーなどの大会にも携わっています。
森:記録計測は、どんなふうに行われるのですか?
Nさん:選手のナンバーカードやシューズにつけた計測チップが、ゴール地点に仕込んだ装置に反応して、完走タイムが計測できる仕組みです。そのデータをwi-fiで飛ばして、タイムリーに記録証を発行したり、大会のWebサイトも随時更新したりしていく流れです。本番の半年前から打ち合わせを重ねていますが、大事な記録をちゃんと計測できるか毎回緊張しますね。
スポーツイベントを通じた「つながり」の可能性。
森:だんだん、今のお仕事に繋がってきました。
Nさん:県立大に編入学してから、内田勇人先生の講義で『人とのつながりの中での健康』という分野に惹かれて、内田先生の研究室に所属しました。ゼミでは『市民ランナー』に焦点を当てて、市民マラソン大会の運営側と参加者、2つの視点からスポーツクラブの実態を調べました。市民マラソン大会は、自治体が運営するのがほとんどですが、西宮市のその大会は市民ランナーの有志が運営もしていて、僕も実際にそのスポーツクラブに入会して、調査しました。
少子高齢社会こそ、世代間交流が「健康」のカギに。
森:「生きがい」を数値化する、興味深いですね。
Nさん:対象を『スポーツイベント』に特化すると一般の人にはイメージしづらいと、内田先生に指摘を受けたので、『地域スポーツ』に置きかえて研究を進めるところです。ちょうど2023年度から、全国一斉に公立学校の部活動の地域移行が始まります。これは、教員の働き方改革の一つとして、今後、休日の部活動は地域の保護者やスポーツ経験者が外部講師として指導するというもので。既に実施している学校もあるので、どんな人が外部講師をしているのか、属性などを数値として見せたいと思っています。
森:「イマ的な研究」という印象ですが、総じて、Nさんの好きなことが研究の軸になっていますね。
Nさん:それはそう思いますね。「世代間交流」に関して言うなら、子どもの頃過ごした丹波は、いろんな年代の人から話しかけられる環境でしたし、大分での学生時代も、公園でジョギングしていると、いつも声をかけてくれるおじいちゃんがいて、親しくなって自宅でご飯をご馳走になったこともありました。そういう経験も『世代間交流』というワードに、ピンときたきっかけになっているかもしれません。
森:世代を超えたつながりが必要と思う一方で、日本の少子高齢社会は急速に進んでいます。
Nさん:生きがいを見つけないと、社会からどんどん孤立することになると思いますが、例えばスポーツクラブだったり、何かきっかけがあれば、子育ての経験を伝えるといった世代を超えた別の交流もうまれます。「同じ年代としか話せない」「違う世代のことが理解できない」というリアルな声もありますが、普段から世代を超えたコミュニケーションやコミュニティーができていないと、伝わるものも伝わらないですからね。これからますます『上から下へ』と言う世代の循環をしていかないといけないと思います。
好きなことを続けていると、思わぬ道が開けてくる。
森:これは、どの世代にも共通する課題になりそうですね…。ちょっとここでNさん自身の話に戻りたいのですが、そもそも、大学院進学は、いつ頃から視野に?
Nさん:学部卒業時に、そのまま大学院進学も考えていました。ただ、編入学した上に、さらに大学院進学となると、社会に出るのが20代後半になる。ここは一度、社会に出てから考えよう…と。就職後も、仕事にやりがいを感じていましたし、徐々に仕事量も増えていきましたが、一方で数年経っても、本質を常に追求していきたい気持ちが残っていました。コロナ禍で業務量が変わったタイミングで内田先生に相談に行って、会社にも社員面接の時に「大学院を受験したい」と伝えて、2021年の春に進学しました。
森:仕事をしながら大学院。両立は大変ではないですか?
Nさん:ほんと大変です(笑)。この1年は先行研究を読んで、仕事行って、授業を受けてという生活に慣れるのに大変でした。大変ですけど、自分で選んだことなので目の前のことをやっていくしかない。ただ、自分が調べたことをアウトプットできる場があるのは、しんどい時にも大きなモチベーションになりましたね。大学時代より、より深くディスカッションできて、その人の考え方がわかる楽しさもあります。
森:仕事も、研究も、両方大変な時が重なることもあるかと…。
Nさん:すごくあります(笑)。正直「勉強している場合じゃない」って思うこともありますし、その逆もありますし。両方が気になる時もあります(笑)。でも「やるしかない!」と思っています。
森:時間のやりくりは、どうされているんですか?
Nさん:会社で担当する業務は同じですが、夕方から大学に行くために、就業時間を短縮させてもらっています。勉強は夜、ファミリーレストランやコワーキングスペースでやっています。僕の場合、今は、金曜日の夕方以降から日曜まで自由時間として使えるんですが、時間があっても、勉強してないことが多いかも(笑)。でも、「期限がある!」と思えば、なんとかしてできるものです(笑)。
森:笑。それでも、大学院に進学してよかったですか?
Nさん:よかったですね。物事を深く考えるようになりましたし、なにより、ディスカッションの時間が増えたのはよかった。大学院では教授と1対1、あるいは1対2での講義になりますが、この90分はとても有意義なものです。仕事にも研究にも良い相乗効果があると感じていますから、博士課程に進んであと3年間、今の研究を続けたいと思っています。また受験ですね(笑)。
森:Nさんの、その「学びたい意欲」は、どこから来るんでしょうか。
Nさん:自分が自然に没頭できる分野を探求して、文書で後世に残したいという思いがあります。それに、コミュニティは複数持ちたいと思っていましたし、仕事でもプロジェクトに関するメンバーの熱量や方向性も合わせたいと…。
森:社会人になっても、また学ぶことを決めたNさんの姿勢は、いま進路を迷っている高校生や大学生にも励みになると思います。
Nさん:高校生の時って、将来のことはイメージしにくいですよね。僕自身も、メディアを学びたくて短大に行っても、結局その道には進んでいませんし…。自分が見ている世界しか興味が湧かなくて当然ですが、視野が広がっていくと、関心事もどんどん変わっていく。最初に考えていた道と違っても、その先に思わぬ道がひらけています。でも、本質的なところは変わらないと思います。だから好きなことなら、なんでもいい。目の前のことに真剣に取り組んでいく。その連続かなと思います。