株式会社ベネッセスタイルケア 三浦富紀子さん/保育士として、親として。期待するのは、人どうしの寛容なつながり。
環境人間学部で学んだ先輩たちは今、大学での学びや経験をどのように生かしているのか。そして、「これからの時代の暮らし」について、どのように考えているのか。今回は、東京で保育士として活動している三浦富紀子さんに、オンライン取材をさせていただきました。聞き手:森 千春(WORDWORK)
株式会社ベネッセスタイルケア 保育士 三浦富紀子さん
兵庫県伊丹市出身、2009年兵庫県立大学 環境人間学部 人間形成コースに入学。在学中に「保育士資格」を取得。2013年卒業後、「よく生きる」という企業理念に共感し、介護事業や保育事業を展開する株式会社ベネッセスタイルケアに入社。同社が委託運営している東京都の区立乳児保育園に配属。(取材時は産休中)
保育士は、保護者と一緒に子育てをするパートナー。
森:今日はよろしくお願いします。早速ですが、「保育士」のお仕事って、どんなことをするのか、教えていただけますか?
三浦さん:うちの園は「乳児保育園」なので、0歳から2歳児までの乳幼児保育を行なっています。ほかにも、毎日通っている子どもの保護者の悩み相談をうけたり、保護者と一緒に子育てをするパートナー的な存在として、親御さんの状況などを考えて支援内容を考えたりしています。
森:赤ちゃんだけが対象ではないんですね。
三浦さん:そうなんです。厚生労働省の保育所保育指針にも表記されているんですが、保育所の役割の一つとして「地域の子育て支援の拠点」が掲げられていて。園を一時保育で利用される保護者さんの相談を受けたり、地域の児童館にも足を運んで、お母さんの相談や、わらべ歌や離乳食の講座を開いたりしています。
森:この仕事でよかった!と思うのは、どんな時ですか?
三浦さん:やっぱり、子どもたちが心満たされているような表情を見せるときとか、保護者さんと子どもの成長を一緒に喜べたときとかですね。
森:逆に、苦労を感じることは?
三浦さん:保護者さんに合わせたアプローチが多岐にわたっていて、難しいと感じます。
子どもたちが卒園すると、担任としての関わりは終わってしまうので、解決する途中で卒園を迎えてしまうとやりきれない気持ちになります。「あれでよかったのかな」とか「もっといい方法があったのでは」とか、正解がないので、永遠のテーマですね。
森:どういった相談が多いですか?
三浦さん:子どもの生活リズムや、離乳食やトイレトレーニングをどうすればいいかとか、イヤイヤ期の対応に関する相談が一番多いですね。あとは、夜寝ないとか、ハイハイしないとか、体の機能のことなどでしょうか。私も子どもがいるのでわかりますが、悩みは尽きないと思います。子どもの育ちをサポートしていきたい気持ちを共有していく難しさとか、「こうしてほしい」という保護者の方からの要望への応え方にも難しさを感じますし。「保護者も輝けるように」というのが国の理想となっていますが、働かれている保護者の方も多いですし、いろんな勤務帯の保護者さんがいるので、ワークライフバランスのことを考えると…。
大学在学中に、独学で「保育士資格」を取得。
森:とてもデリケートな問題ですよね。少し前に話題がさかのぼりますが、大学在学中のことを教えてもらえますか。
三浦さん:「げんきっこ新在家」という県立大の大学生や大学院生が運営する学生団体に所属して、親子で遊びにきてもらえるように大学の施設を開放して「ひろば型の子育て支援」をしていました。そこは、子どもたちは自由に遊んだり、親御さんは地域の人と井戸端会議をしたりできる場所で、火曜日と木曜日の午前中に開放していました。
在学中に「保育士」の資格を取るために独学で勉強していたんですが、なかなか勉強が進まなくて、自分を奮い立たせるために「げんきっこ新在家」に参加していた気がします。
森:すごくストイックですね。
三浦さん:といっても、子どもと一緒に好きなことして遊んだりしていただけで、あの頃は「なんにもしてないやろ!」って自分につっこんでたんですが、親になった今思えば、お兄ちゃんやお姉ちゃんに遊んでもらうだけでも助かるんですよね。
在学中に資格を取得できましたが、自分でもこんなに勉強したのは初めてでした(笑)。
授業も、食環境栄養課程の「小児栄養」や、資格取得に関連した授業を履修していましたし、実習先も自分で見つけてアルバイトに行きました。
森:いつごろから「保育士になろう」と考えるようになったんですか?
三浦さん:もともと子どもが好きでしたが、保育士もいいなとか、音楽療法士もいいなとか気持ちも散漫で。高校卒業が近くなっても「自分にできる仕事ってなんだろう」って考えていて、すぐに就職して働くっていうことが考えられなかったんですね。だから、とりあえず大学に行こう、行って4年のうちに見つかればいいなと思ってたんです。
森:どんなところに魅力を感じて、環境人間学部に入ってみようと思ったんですか。
三浦さん:いろんなことが学べそうな学部だなと思って。専門性を持ちたいとも思いました。
大学は、公募推薦で受験しまして、小論文では「さまざまな社会問題の解決にあたって、子どもが健康に育つことがすべてにおいて重要だ」ということを書きました。
森:しっかりとした考え…。そういう思いに至ったきっかけはあるんですか?
三浦さん:中学生の時に、仲良くなった友達の一人が、勉強を覚える気もないし、家族のことにも関心がない。とにかく何に対しても意欲がない子で、「なんでなんだろう」って思ってたんですね。あるとき、その子の家に遊びに行ったら、家の中が真っ暗で。
私は母が専業主婦だったので、家に帰れば親がいるのが当たり前という環境に育ってきたし、みんなの家もそうだと、その時まで思っていたんです。家に帰ったら明かりが点いてて、お母さんが家にいて「ごはんなに?」とか気楽に聞いたりするのが当たり前と思っていたので、本当にびっくりしました。
今思えば、彼女は、ただ自分の好きなこととうまくマッチングしてなかっただけだったのかもしれないんですが、子ども心に「いろいろ満たされているから、勉強したいと思えるのかも」と、「格差」を感じた最初の出来事だったかもしれませんね。
在学時に考えさせられた協働という課題意識、いまでも。
森:そんな出会いが今につながってるんですね。大学での学びの中で、今も生かされているのはどんなことですか?
三浦さん:ゼミでグループ研究を始めるときに、ゼミの指導教員の尾崎公子先生から「『協働』ということを考えながらテーマに取り組んでください」と言われたんですね。
森:目標のために、お互いの得意分野や長所を生かして役割分担をして、成果を共有する、ということですよね。
三浦さん:そうです。私も、自分が協調性がない方ではないと思うんですが、これがすごく難しくて。自分だけが突っ走ったりせず、それぞれの強みを出していけるのか、それができるのか、すごく考えました。結局「協働」の実感のないまま卒業しました。
保育士も複数担任制なので、ずっと「協働」なんですね。私は中堅になってきたので、新人とベテランの先輩の橋渡し的な存在として果たして役割をしっかり担えるのか、ずっとテーマだし、ずっと課題です。
三浦さん:それと、俯瞰的な視野で考えることも、大学時代の先生の言葉でずっと心に残っています。『現代教育論』の講義で「新しい教育システム」について学んでいるときだったと思うんですが、教授に「自分が経験したことがないことは、否定したくなるのではないか?」と、言われた時、本当にそうだなと思いました。
私自身も、子育てをしていると「自分が子どもの時はそうだったから」という思いが、どうしてもこみ上げてきます。とくに子どもが成長してくると、自分の記憶が今も鮮明な子ども時代と重なってくるから、ますますそうなると思います。俯瞰的に考えることを、もっと意識しないといけない時期に入ってきますね。
人は、辛すぎると声を出せない。支援の網の目に掛からない人を、どう支援するか。
森:昨年出産されたそうですが、コロナ禍での出産、そして子育ては精神的に大変だったのではないかと想像します。
三浦さん:昨年、出産された多くの方がそうだったと思いますが、本当に大変でした。外との繋がりが絶たれると思うと、もう気が狂いそうでした。それでも、「みんなでがんばろう」という気運の中でなんとか乗り切れました。秋頃に外出できるようになりましたが、もしも…を考えると、何もできない。一人目のときは、支援館に遊びにいったりしていましたが、今はそういった施設も開いていないし、同月齢のママが集まれる検診の時も、話すことができない。
在学中に先輩の一人が「孤育て」について書かれていましたが、「子育ての孤独」を身を持って感じました。もし「子育ての孤独」が、コロナではない状況でも強いられている人がいたらどう支援すればいいのか。ゼミでお世話になった尾崎先生からも、たびたび「支援の網の目に掛からない人には、どうすればいいでしょう」と問いかけられたことを鮮明に思い出しました。
森:産休期間が、保護者支援について考える時間になっているのですね。保育士として、親として、三浦さんが、これからの暮らしに求めることはなんですか?
三浦さん:そうですね、子育てにしても「許し合っていこう」というような寛容さをもった、人と人とのつながりができていくことに期待しているし、興味があります。
あ、これは本当にありがたかった出来事なんですが……。大田区の支援制度に、赤ちゃん手帳を受け取った人を対象に、生後1カ月の赤ちゃん宅に訪問する「赤ちゃん訪問」というのがあるんですね。赤ちゃんの体重測定をしたり、ママの相談を受けたり、「産後うつ」なども調べる機会になっているようなのですが、私、その頃余裕がなくて、区からの訪問の電話があっても折り返すのを忘れたことが何度もあったんです。もう全然、意図的に無視していたわけじゃなくて、本当に疲れていてうっかりしていたんです。そしたら、「赤ちゃん訪問、いいですか?」って区の方が心配して直接自宅まで来てくださって! 「わー!すみません!」って、めっちゃ謝りましたけど、本当にありがたかったですね。
本当にしんどいときって、自分から声を出せないんだと思いました。もしかしたら、「とてもつらいのに声を出せない」「支援の網の目に掛からない」人が、実はたくさんいるかもしれない。そう思うと、こういうふうに強制的につながりを持とうとすることも大事かもと思いました。
森:実感のこもったお話、ありがとうございました。最後に、在学生や高校生にメッセージをお願いします。
三浦さん:私は、大学生のときすごく欲張りでした。バイトもしたい、保育士の資格もとりたい、学園祭でダンスしたい。今思えば24時間じゃ足りないくらいやりたいことを全部やって、失敗もいろいろしたけど、満足のできる4年間でした。いっぱい遊んで、いっぱい勉強した楽しい大学生活でした。私は今、30代ですが、まだまだ失敗すると思います(笑)。失敗できる経験をすれば、いろんなことに気づけるはずです。だから一緒に、いっぱい失敗していきましょう。