2021.09.02 更新

行政機関の栄養士として、住民の健康生活を支える。

食を豊かにする

環境人間学部で学んだ先輩たちは今、大学での学びや経験をどのように生かしているのか。そして、「これからの時代の暮らし」について、どのように考えているのか。今回は、行政機関で管理栄養士として活動する寺井 睦(ちか)さんにお話をうかがいました。聞き手:森 千春(WORDWORK)

大阪市健康局保健所 管理課(健康栄養グループ) 寺井 睦さん

大阪市出身、2013年兵庫県立大学 環境人間学部 食環境栄養課程卒業、兵庫県立大学大学院 環境人間学研究科へ進学。博士前期課程1年目の2014年 大阪市職員(管理栄養士)に採用され、働きながら修士の学位を取得。現在は、大阪市健康局保健所に配属され、地域の住民や企業に向け健康づくりに関する情報を発信している。

「地域の人々の食生活」を、よりよくする仕事。

:本日はよろしくお願いします。早速ですが、「保健所」での管理栄養士のお仕事って、一般的にイメージしにくい職種ではないかなと…。

寺井さん:そうですね。「保健所」というと、いまは「新型コロナウィルス対策の拠点」といったイメージがあると思いますが、感染症対策以外にも業務は多岐にわたっていて、管理栄養士以外にも、医師、保健師、薬剤師などさまざまな職種が連携して業務を行なっています。

私たち管理栄養士が所属するのは「健康栄養」グループで、地域の健康・栄養課題を明確にし、健康な人をより健康に導き、病気にならないようにするために、食生活からサポートすることをメインに行なっています。いわゆる「一次予防」の部分ですね。

:具体的には、どのようなお仕事になるんでしょうか。

寺井さん:大きく言うと「健康増進法」「食育基本法」などの法律に基づく業務になります。一つは、企業の社員食堂や高校・大学などの食堂へ、給食内容の充実を図り、利用者の食環境をよくする助言を行なう「給食施設指導業務」です。例えば食堂で提供しているメニューに対して減塩するための助言を行なったり、社員さん向けに健康講座を開いたりしています。特定かつ多数人に対して、法律で定められた食数以上の食事を提供している施設は『特定給食施設』として保健所に届出が必要なのですが、私たちは大阪市内に600カ所あるそれらの施設を、毎年巡回しています。

それと、栄養表示関係業務も私たちの仕事です。表示責任が大阪市内にある食品に関して、パッケージへの栄養成分表示が適切にされるよう助言や指導をしていて、製造業者やパッケージを作成する広告制作会社からの問い合わせに対応しています。ほかにも、医師や保健師と行なうアレルギー・アトピー教室なども行なっています。

栄養士の道に導いた、恩師との出会いと母。

:企業でも教育機関でもなく、「行政機関」の管理栄養士という道を選ばれたのは?

寺井さん:生まれ育ったところで、地域のために働きたいと思っていました。ですが、行政栄養士の募集は少なくて、募集をしていない年もあるんですね。ところが、大学院1年目のときに私の地元、大阪市の募集があったので、採用試験を経て働きながら大学院に通いました。

:やりがいを感じるのは、どんなときですか。

寺井さん:相談に対して、専門的な視点でアドバイスをすると「ありがとう!」ってすごく感謝されるのはうれしいですね。以前配属されていた保健福祉センターでは、お子さんの離乳食に悩むお母さんが、わざわざ私を尋ねてきてくれたこともありました。おじいちゃんやおばあちゃんにも「栄養士さん」ではなく「寺井さんを」って言われると、本当にうれしいです。

:栄養士冥利につきますね。逆につらいなと感じることはありますか?

寺井さん:「食品表示」の問い合わせへの対応です。『病気が治る』というニュアンスの表示は虚偽・誇大表現にあたるので表記できません。ですが……これは特に個人事業主の方が多いのですが、そうとは知らずに違反している場合も指導しなければいけないのが辛いところです。

:悩ましいですが、事業主さんの信用問題にも関わりますからね。ところで寺井さんは、食環境栄養過程の一期生ですね。そもそも「栄養士」を目指したきっかけは?

寺井さん:もともと食べることや料理を作ることが好きな子どもでした。母も自由に作らせてくれて、幼い頃から料理をお手伝いして怒られた記憶がないんです。そんな母のおかげで「食」に興味を持ち始めたと思います。

それと、小学校の時の栄養教諭の先生との出会いも大きかったですね。年に1回の授業でしたが、ある日の授業で「清涼飲料水には、角砂糖○個分の糖分が入っている」と聞いたのが衝撃的で……。身近な食べ物の知らないことを知るのは楽しいし、みんなのリアクションもすごいから、「こんな仕事やったら楽しそう」「こういうことを伝える人になりたいな」と、その時に思いました。

:そこからまっすぐ、栄養士志望ひとすじ?

寺井さん:いや、けっこうふらふらしていて(笑)。大学進学時に、自分の好きなものはなんだったかを改めて思い返して、当時の記憶が蘇りました。

人のために働ける喜びを感じた「インターンシップ」。

:大学での学びで、とくに印象に残っていることは?

寺井さん:「働くこと」をリアルに経験できたという意味では、4年生の時に参加した「公衆栄養学インターンシップ」というプログラムです。私は、自分がのちに配属されることになる大阪市の保健福祉センターに2週間通って現場を学びました。妊婦教室や離乳食教室などで、地元の人々の前で栄養や子どもの食生活に関する話をさせてもらったのですが、ここで「指導」までの準備の大変さを初めて知りました。内容に関する上司の決裁をはじめ、教室の告知リーフレットの作成、広報誌へ掲載する原稿作成など、ゼロから準備するのは大変だったけど、人のために働けることにやりがいを感じました。なにより、自分が住んでいた地域がよくなっていくのを実感できたのは、いい経験でした。

アメリカで管理栄養士を養成している「アイオワ州立大学」に短期留学したときも印象的でした。日本の「主食、主菜、副菜」という概念が、アメリカにはないのも留学で初めて知りました。日本では調理実習のあと、自分たちが作ったものを盛り付け、「一食分がどれくらいか」を学ぶのですが、アメリカの実習は、大皿に盛られたものを好きなだけ取り分けて食べるバイキング形式。食文化の違いを実感した出来事でした。

:いろんな経験を積まれたんですね。振り返ってみて、どんな学びが今につながっていますか。

寺井さん:私は、公衆栄養学の伊達ゼミに所属していました。担当の伊達ちぐさ先生※が常々おっしゃっていたのが「継続は力なり」という言葉です。「いまダメだと思っても、続けていれば力になる、道は開ける」というこの言葉が大学時代ずっと励みになって、その日習ったことを4年間毎日ノートにまとめ続けました。それを続けてみると、それぞれの授業で習ったことがどんどんつながり、知識の幅が広がっていくのを実感できました。

前から知っている言葉でも、こんなに重みのある言葉だったと、改めて気づかされましたし、今もうまくいかないことがあっても続けてみようと前向きになれます。

※伊達ちぐさ先生は定年退職され、現在は中出麻紀子先生が担当されています

コロナ禍で見出した、栄養指導の新しいスタイル。

:今、大阪市が抱えている「地域の健康問題」はありますか。

寺井さん:大阪市の「平均寿命」は延びていますが、全国を下回っています。また、「健康寿命(健康上の問題で、日常生活が制限されることなく生活できる期間)」は、算定に使用しているデータが一致しないため、単純に比較することはできませんが、他都道府県より下回っているのが現状なんです。

食生活の面では、大阪市民の野菜摂取量は国が目標とする350gにあと100g足りず、若い世代ほど野菜摂取量が少なく、外食の頻度が高いほど野菜摂取量が少ないんです(大阪版健康栄養調査)。野菜の摂取量が不足している原因として「作るのが面倒くさい」という方が多いこともわかっています(大阪市  令和元年度 講座等アンケート)。野菜が足りていないのはわかっているけど、面倒くさい。大阪市民らしいですよね。

そこで私たちは、食生活の改善と野菜摂取量の増加を目的に『やさいTABE店(てん)』事業を始めました。これは、野菜をたくさん提供している飲食店に『やさいTABE店』として登録してもらい、市のWebサイトや広報誌でお店の情報を紹介するもので、お店のイメージアップにもつながります。ほかにも、料理レシピのコミュニティサイト『クックパッド』に大阪市の公式ページを作って、野菜を手軽に摂れるレシピを掲載しています。また、吉本興業さんと連携協定を結んで、所属芸人さんに「朝ごはん」がテーマの漫才を作ってもらい動画配信をするなど、親しみやすい啓蒙活動も目指しています。「対面での栄養指導」ができなくなった代わりに何ができるか会議を重ねて、このような取り組みがスタートしました。そういう意味では新しい道が開けた一年でしたね。

管理栄養士は、AIに代わることのできない仕事。

:現在寺井さんは、子育て真っ最中とうかがっています。働くママになって自分の変化を感じますか?

寺井さん:だいぶ意識が変わりました! 今までは「子どもが食べない」「好き嫌いが激しい」という親御さんからの相談に対して、私の答えは教科書から導いたものでした。でも今は、子どもの気分次第で食べたり、食べなかったりすることがわかったので、お母さんが無理せず、楽しく子育てできる方法を一緒に考えるようになりました。専門的な知識に加えて「経験」があるって強いなと自分でも感じます。相談されているのに「わかりますぅ!」って言っちゃう時もたまにありますが(笑)。

:実感や共感を込めた対応は、親御さんも心強いでしょうね。

寺井さん:私自身、一人目の子育てのときに「閉ざされた子育て」を感じていて、ママ友との会話が当時の生活を充実させていました。「人とのつながり」が、心身の健康によい影響があるというのも、ある調査結果として出ていますが、自分が必要とされていると実感したり、社会の役に立っているという思いはとても大切なことだと思います。私自身も子育てだけをしている自分よりも、働いている自分が好きですね。ずっと誰かの役に立てるような存在でありたいです。

:よかったら、今後の目標をお聞かせください。

寺井さん:数年前に読んだ学術雑誌で「AI(人工知能)に代わることのできない仕事」の一つに「管理栄養士」があった記憶があります。いくら完璧な献立が作成できたとしても、一人ひとり食生活が違う中、相手の気持ちに寄り添った助言をするというのは、現段階でAIにはおそらくできないんでしょうね。現在2人目の育児休暇中なので、目の前の目標としては、この機会にもう一度栄養について勉強しなおして自分をアップデートしていきたいと思っています。

:ありがとうございました、最後にこれを読んでいる高校生や在学生にエールをお願いします。

寺井さん:学生時代のいろんな経験が、全部自分に返ってきていると社会人になってから感じます。失敗したことは、とくに。ですから失敗も含めて、学生の間にできるだけいっぱい経験を積むことを意識してみてはいかがでしょうか。

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