「くらし×らしさのデザインプロジェクト」第2期、始動に向けて。「意見交換会」レポート
WORDWORK 森千春
予定より半年遅れの再スタート。
兵庫県立大学環境人間学部の特長である「学際的な学び」を地域に開放し、地域とその暮らしに「らしさ」を見い出し、地域の「これから」をデザインするための取り組み「くらし×らしさのデザインプロジェクト」。本サイトも、このプロジェクトの一環として、各所で行われている取り組みの報告の場として開設されています。
昨年度に各地域で行われてきた調査や取り組みを、他の地域で行ったり、さらにプロジェクトの対象地域を広げたりしながら研究を深めていこうとした矢先、新型コロナウイルスが世界的に蔓延。「学生と地域の人々と、教員とのつながり」が欠かせないこのプロジェクトにおいて、『三密』『ソーシャルディスタンス・フィジカルディスタンス』など、新たな生活様式が強いられる『withコロナの時代』の課題は免れません。
プロジェクト2年目を迎えるにあたり、去る9月10日、担当教員12名が集まり、意見交換会が行われました。コロナ禍の影響で、予定より半年遅れでのプロジェクト再始動。2019年度の取り組みに関するふりかえりと、各地域から寄せられている意見や要望、そして教員それぞれの思いを語りあいながら、「いま、学部として何ができるか」を模索する時間として設けられました。
「プロジェクトは、ぜひ続けてほしい」地域の声に感じる、感謝と責任。
まずは、研究フィールドとなった3つの地域から寄せられている要望が紹介されました。
●「野里」地域
県立大学から近い城下町「野里」地域。伝統的な建物や町家などが残る街並をフィールドに、まちの特色をあぶり出す調査が行われてきました。吉村美紀先生は、自治会長が地域で、プロジェクトの是非を問う場を設けてくださり、「野里は高齢者の多いところ。地域の課題を大学が掘り起こすことで、地域住民の不安が解消され、関心が高まるのを望んでいる」といった声があったことを報告。そして、「コロナ禍だからプロジェクト活動を縮小するのではなく、今年度やる予定だったことをぜひ続けてほしい。自治会としても協力するし、意見交換も必要ならコロナ対策を徹底して行いたい」という力強い言葉が報告され、教員たちの間で安堵の声が広がりました。
●「城乾」地域
健康教育学の内田勇人先生からは「城乾」地域でも、野里地域と同様に、事前にプロジェクト継続の是非に関して地域内で話し合いが行われ、プロジェクトの継続が望まれていると報告。
●「家島」地域
家島諸島の「家島」は、離島という特殊な環境。高齢者が多く、人々の密なつながりが形成されています。
また、大学からの移動手段は船しかなく、その往来が原因で万が一のことを考えると、プロジェクト再開は非常に困難ではないかと懸念されます。太田尚孝先生は、現地で活動されている『いえしまコンシェルジュ』の中西和也さんらに島の現状をヒアリング。観光業がさかんな島でしたが、観光客はなく、伝統的な祭りやイベントも軒並み中止。子どもたちも、長期間休校になった遅れを取り戻すためにと、短期間での詰め込み勉強に疲れている様子だといいます。
しかし、中西さんから「こういう状況だからできることもあるのでは」という見解が。たとえば、オンラインによる学習支援、家にこもりがちな高齢者にも親しんでもらえるオリジナルの『いえしま体操』を制作・動画配信するなど、アイデア次第で、これまでとは違うかたちで、地域の可能性を見出す研究ができるのでは…と前向きな意見が寄せられました。
こうして、各地域の要望をすくいあげてみると、昨年度の一年間で各地域との信頼関係が育まれ、良好な連携が行われていることが明らかに。各プロジェクトはいずれも概ね評価され、参加・協力してくださった地域の人々からは、今年度への期待が寄せられていました。
それだけに「私たちに何ができるか」という責任が、大きくのしかかります。
研究課題になり得る「地域(まち)とコロナ問題」
次に、「地域のこれからをデザインする」という目的の本プロジェクトで、「コロナ問題」を踏まえて
各専門分野でどんな研究ができそうか。現時点でのイメージを、教員たちが発表しました。その一部を紹介。
● 内田勇人先生(健康教育学)/高齢者の「閉じこもり」に関する調査研究
このコロナ禍で、多くの企業で在宅ワークが推奨され、運動不足を解消すべく自発的に運動に取り組む人が増えた。その一方で、感染リスクが高いとされる後期高齢者の間では「外に出るのが怖い」と感じている人が多く、外出を控えた生活を続ける高齢者の増加が懸念される。そのためにも“閉じこもり”の現状調査と、解決策の模索が必要と思われる。
●森寿仁先生(運動生理学)/オリジナル「いえしま体操」の制作・動画配信
家島の人たちに親しまれるオリジナル体操を開発し、動画配信を行う予定。同時に、「中高年がオンラインにどこまで対応できるか」「やろう、やりたいと思える意思・心理状態にあるのか」の検証が必要。
家島ではないが、保健体育の教職課程を履修する学生の中に、姫路市が募集した、小中学校への学習支援のスタッフとして、実際に活動している者がいるので、そこで得たノウハウも共有したい。
●尾崎公子先生(教育学)/家島が、移住希望者の受け皿となるために
一部の人々の間で「都会暮らしに固執しなくていい」という考えが醸成し始めており、これからの日本は、人口の「一極集中型」から「分散型」に緩やかに移行するのでは予想する。一方で、子を持つ移住希望者にとって、「都会と地方の教育格差」は大きな問題。離島の「家島」が、豊かな教育が受けられる島として移住希望者の受け皿となり得るのか。オンラインで現地と交流しながらその可能性を探りたい。
●太田尚孝先生(都市計画学)/家島の「ワーケーション」の可能性、「オープンスペースのあり方」など
大都市と地方都市とを同じスタンスで話はできないが、道路、公園、オープンカフェなどの「オープンスペース」も、機能として多目的性がないと淘汰されるのではと考察。移動販売の増加、テイクアウトの需要増、会社員も自宅で仕事する…など、地域の暮らし、家での住まい方が緩やかに変わる今。公共的なオープンスペースも「変わらざるを得ない状況」にある。
● 土川忠浩先生(建築環境学)/withコロナ時代の「これからの住まい」
「住まいの換気」について、人々がここまで考えたことは、歴史上ないと思われる。実際に工務店には、住まいのリフォーム案件や住まいへの相談件数が増えているが、一般住民の、空気、温度、ウイルスなど「見えないものへの意識の差」も生じていると思う。また、学生がこのコロナ禍で、家の中に自分の居場所があったのかも気になっている。
● 中出麻紀子先生(公衆衛生学)/コロナ禍における食生活の変化
通勤・通学・外食・旅行など、これまで当たり前にできていた「日常生活」が、ことごとく制限されたコロナ禍。在宅ワーク、オンライン授業、不要不急の外出の自粛など、日常的な活動が変化すれば、おのずと食生活も変化する。地域での実態調査を行う前に、まずは学生たちの食生活の変化を調査したい。
●吉村美紀教授(食品プロセス科学)/ウイルス感染予防を徹底した場づくり
管理栄養士を目指す学生にとって「実習」は不可欠。学生たちに、実習や課外活動を推進していくことで、「ウイルス感染を予防しながら「場」をつくることの可能性」を積極的に追求したい。それが、管理栄養士としての責任の醸成にもつながると思う。
● 坂本薫先生(食物学)/これからの日本の食
このコロナ禍で産業活動が停止した一方、大気上の汚染物質の濃度が改善され、多くの人が「空気がきれいになった」という印象をもったようで、図らずも、経済発展だけでなく、環境についても見直す期間になった。日本の食は輸入に頼る現状にあるが、これからはその偏りに甘んじるのではなく、身近な伝統野菜や伝統料理などにももっとクローズアップされるだろう。移動配達や配達サービスなども出てきたことで「フードデザート問題」の解決策も見出されるかも。
● 井関崇博先生(社会学)/オンラインでの場づくり
祭りやイベントなど、人が集まる「場」がつくりにくい状況ではあるが、オンラインシステムを使った「場づくり」はできると思う。しかし、例えば「祭りを録って流す」など、これまでリアルに行っていたことを、そのままオンラインで公開するのではなく、タイムリーに発言できるチャットの活用や、アーカイブ化など、オンライン化するときの工夫が必要。ちなみに現在、「オンライン飲み会」の研究をすすめているゼミ生がいる。
「場づくり」の模索と学生のケア
地域と大学をつなぐ「場づくり」をどうしていくのか…も大事ですが、「学生」が、コロナ禍をどのように感じているのか。一度、学生の声にしっかり耳を傾ける必要があるのでは…という声があがりました。この半年、オンライン講義などを続けるなかで、コロナ禍という状況がどこか他人事のようで、客観視できていないと感じさせる言動が目立つと感じている教員が複数いたからです。
そんな中、井上靖子先生は、県立大の1年生と3年生、約100名を対象に、『コロナ禍での心身の変化』についてアンケート調査を実施。全体の4分の1が「目の疲れ」や「体力の低下」を実感しているほか、とくに1年生は「学習意欲の低下」や「気分の落ち込み」が顕著に現れていたといいます。
また、教員たちから「学生の動向が2パターンに別れている印象がある」との声があがりました。
まず一つは「オンラインのコミュニケーションツールを積極的に活用している学生」
ZoomやSkypeを使えば、直接会わなくても、顔を見ながらやりとりできることから、自身の研究分野で関心のあった東京在住の研究対象にアポイントをとり、オンライン取材を実施。自身と被験者の交通費や時間の制限をなくした合理的なやり方で、研究素材を増やしています。
もう一つは、「変化についていこうとしない学生」。
今後の研究についても、フィールドワークや直接的な対話が必要な企画を提出するなど、「積極的かつ直接的なつながりが制限されている」「地域に行くこと自体が課題となっている」といった状況を理解できていないようです。
学生は、本プロジェクトを進める重要な主体の一つです。まずは、「学生自身が、この状況を見つめ直せる機会」が必要ではないかということになりました。そこで、今の思いや考えを吐露できるように、学生からwithコロナの時代に地域とつながるためのしくみづくり、研究テーマ、プロジェクトテーマを募集することになりました。
地域とのつながりが不可欠なこのプロジェクトを、コロナ禍でいかに続けていくか。そして、地域から求められている「場」や「機会」の創出をどうするか。だれもが初めて経験しているこの状況は、問題が複雑に入り組み、現象として目では確認しづらいため、人々が抱える不安も大きいままです。しかし、だからこそ、さまざまな分野の叡智が集まる「学際性豊かな県立大」がプロジェクトを進めることに意義があるのではないか。
課題は山積していますが、Withコロナの時代に沿い、これからもプロジェクトを安心して進められる方法を、教員同士のつながりを強化しながら探っていこうという意見で一致し、ミーティングは締めくくられました。