心豊かな食生活のために~かんぴょう作りから考える(教員:坂本 薫)
兵庫県立大学環境人間学部食環境栄養課程
教授 坂本 薫
ひも状の食品、かんぴょうって?
こんにちは!食環境栄養課程の教員をしています坂本薫です。砂糖やご飯を主な題材として調理科学的実験を中心とした研究を行っています。今日は食文化について考えてみたいと思います。
唐突ですが、皆さんは「かんぴょう」って何からできているか知っていますか?かんぴょうはメインになることがほとんどない食材なので、何に使われているか、何からできているか、ピンとこない人もいるかもしれません。
かんぴょう(干瓢、乾瓢)は、ウリ科ユウガオの果実を細長く削り、乾燥させた食品です。巻き寿司の具のひとつとして、また、おでんの巾着の口を結んだり昆布巻きやロールキャベツを結んだりするのにも使われる、ひも状の食品です。ちらし寿司の具にも使用されます。収穫は7~8月にかけて行われ、ユウガオの実をひも状に細長く削ったものを、真夏の太陽に当てて2日間ほどで干し上げて作られてきました。
かんぴょう作りは江戸時代からされていたとされていますが、現在、国内でかんぴょうが生産されているのは栃木県と茨城県の一部となっています。栃木県の干瓢は、全国生産量の98%以上を占め、栃木県の代表的な特産物となっていますが、以前は関西地方が栽培の中心であったともいわれており、東海道五十三次の現在の滋賀県甲賀市の絵には干瓢を干す姿が描かれています。
野瀬のかんぴょう作り
相生市野瀬地区では、戦後50軒以上、最盛期には集落のほとんどがかんぴょうを栽培し、大阪の市場にも出荷していたそうです。関東では球形が多いのですが、野瀬のかんぴょうは関西に多い楕円形です。
収穫期には日の出前の早朝から、独特の道具を使って幅3cm、厚さ2mmほどのひも状にかんぴょうを削って、手早く干します。野瀬では、高さが10mもある干し竿を独特の組み方で組んでかんぴょうを干したということです。硬くなりすぎると削りにくいので、ちょうどよい熟れ具合のものから収穫して削っていきます。雨が降ってきたらすぐに取り入れる必要があるので、およそ1ヶ月は現場から離れられない大変な時期が続いたとのことですが、白いひも状のかんぴょうが風にたなびく光景は風情があったそうです。
ところが、このかんぴょう作りを続けていた野瀬の最後の1軒が、90歳になられたこともあり2013年春に、種も道具も手放してしまったという事態が発生し、風前の灯であった野瀬のかんぴょう作りは絶滅状態に陥ってしまいました。
かんぴょう作りを継承する試み
絶滅状態に陥った野瀬のかんぴょう作りですが、「ひょうごの在来種保存会」メンバーの尽力により、種と道具を見つけ出すことができ、また、この道具を使ったかんぴょう作りの方法や食べ方などをかろうじて繋ぐことができました。また、栽培についても、たつの市の女性率いる「かんぴょう保存会」が活動をはじめ、2018年からは、農産品加工などを手掛ける地元相生の女性グループが復活を目指して栽培・加工に取り組み始めています。
兵庫県立大学環境人間学部のキャンパスにおいても、このかんぴょう作り講習会が2015年より開催され、再現された道具を使って、収穫されたユウガオからかんぴょうを削り、干す作業を体験できるワークショップを行っています。キャンパス内の畑で実際にユウガオを栽培し、昔ながらの天日干しの干し場も二分の一サイズで再現され、剥いたかんぴょうを干しました。
かんぴょうの入った巻き寿司や中心部分「ず」を使用した煮物や汁物も調理し、毎年、学生だけでなく一般の方も参加して試食しています。
収穫直後だからこそできるユウガオの実のコンポートでデザートも作りました。市販のかんぴょうとは異なり、淡白ながらも味も香りもしっかり感じられるおいしいかんぴょうが味わえると好評です。キャンパスの畑に植えた大麦を収穫し、麦茶も作って飲みました。
除虫菊を使った蚊取り線香づくりも
また同時に、食べ物ではありませんがキャンパス内で栽培している除虫菊(シロバナムシヨケギク)を使用した蚊取り線香づくり講習会も行っています。
除虫菊は蚊取り線香の原料となり、第二次世界大戦中までは日本が世界一の生産国でした。瀬戸内海沿岸各地の段々畑で多く栽培されていましたが、現在は殺虫剤としてピレスロイドが使われるようになり、因島で観光用に栽培されているのみとなり、産業用には栽培されていません。兵庫県立大学環境人間学部のキャンパスにこの除虫菊が植えられており、地域の有志の方がお世話をされています。春にはマーガレットのような可憐な花を咲かせます。
食文化を知ることの大切さ
このような活動を行う意義は何でしょうか。
効率を重視すると、このような取り組みはあまり合理的ではないと感じるかもしれません。しかし、関東のユウガオとは形も味わいも異なる関西のユウガオから作ったかんぴょうが、この世からなくなってしまっても本当に良いのでしょうか。かんぴょうは一つの例にすぎません。ほかにもいろいろな食品や料理、食べ方などがなくなってしまうかもしれない局面に私たちは立たされているのです。
環境人間学部のある播磨地域は、南は瀬戸内海に面し,北部に山,平野には川が流れ,温暖な気候であることから,多様な食材が豊富に得られる地域です。季節に応じた人々の日々の暮らしの中で育まれてきた豊かな食文化が、播磨にはあります。しかし一方で、食生活は便利になり、生活も食材も変化し続けていて、若い人には昔ながらの食材や食べ方などが伝わっていない現実があります。2013年12月に「和食;日本人の伝統的な食文化」がユネスコ無形文化遺産に登録されましたたが、登録された大きな理由は、「和食」がすたれてしまうことが危惧され、「和食」を保護し尊重する機運を高めることが必要であったからであることをご存じでしょうか。
今回紹介したかんぴょうや除虫菊については、学生の皆さんに農産物および農産物の栽培の現状を知ることを通して、環境と食を考えるきっかけとしていただきたいと考え、現在「特別フィールドワーク」として取り組んでいます。そのほか、私は兵庫県内の各地で高齢者の皆さんの昔の食生活状況を聞き取り調査して、その内容を家庭料理を紹介する本にすることにより次世代に伝えていこうとする活動を行ったり、実際に播磨に伝わる伝統的な料理や食材を次世代(大学生)に伝える活動を、地域の皆さんと連携して行ったりしています。
私が所属している食環境栄養課程では、管理栄養士を養成しています。管理栄養士は栄養管理を行います。しかし食事は、栄養のためだけに摂るものではありません。食事は、コミュニケーションの場でもあり、人にほっとする時間を与え、日々に潤いをもたらします。四季の移ろいを食事の中に取り入れて楽しみ、地域で食べ慣れた食事を摂ることにより、心が豊かになると思いませんか?同じ食べ物でも、その背景にあるエピソードやいわれ、先人の生活ぶりなどを知ることにより、食べることの深みが増すと思いませんか?栄養管理はもちろんですが、さらにそのような心配りができる、文化の継承もできる管理栄養士になってほしいと思っています。もちろん、管理栄養士だけではなく、生活者一人ひとりがそのような豊かな食文化を育める、そんな食生活を心豊かに営んでいっていただきたいと思っています。皆さんも、地域限定で栽培されてきた農産物や古くから伝わる食べ方など、ちょっと知ってみたいと思いませんか?
参考・引用
ひょうごの在来種保存会編著「ひょうごの在来作物」神戸新聞総合出版センター(2016年3月)
日本調理科学会 企画・編集「伝え次ぐ日本の家庭料理」農山漁村文化協会(農文協) (2017~2021年)http://tsutaetsugu.jp/