2022.03.31 更新

人の暮らしを良くする建築とは?ー私の6年の軌跡(大学院生:垪和由紀子)

住まいをつくる

はじめまして、兵庫県立大学環境人間学研究科2年生の垪和由紀子と申します(執筆当時)。出身は岡山県の岡山市で、学部では安枝英俊ゼミ(建築計画研究室)に所属し、住空間の社会との関わり方について研究をしていました。大学院ではコンペへの参加や住宅の事例分析を通して、より専門的な研究をおこないました。今回は、私の大学1年次から現在までの活動について紹介させていただきます。

副専攻プログラムへの参加のきっかけ

学部入学当初、私が環境人間学部で一番魅力的だと感じていたことが「他の大学・学部にはない、環境人間学部ならではの教育プログラムや課外活動があること」です。子どもの頃から自分の行いで人に喜んでもらうことにやりがいを感じ、部屋の模様替えや商業空間へ足を運ぶことも好きだった私は、大学では人の暮らしを良くするために存在する建築について学びたいと漠然と考えていました。そんな時に、地域課題を地域住民と共に考えるという全学のコミュニティー・プランナープログラム(以下、CPプログラム。現:地域創生人材教育プログラム(RREP))の説明を聞き、ぜひやってみたいと考えました。

CPプログラムでは県立大学の6つの学部から学生が参加しており、多様な知識のもと、地域課題解決に向けて地域と協働し、実践していきました。

私が参加した年は姫路市内に新しく建てられた集会所の活用計画を考えるというもので、その地域をまずは歩くことから始まりました。地域に住む高齢者やなでしこ会と呼ばれる子育ての落ち着いた主婦の方へのインタビューを通して、地域にどんな課題があるのかについてグループで意見を出し合い、住民の方へプレゼンをおこないました。

また、CPプログラムの授業時間だけでは地域の方と関係を築くのが難しいと考えた私は、環境人間学研究科の大学院生の方がこの地区で主催していたクリスマス会や、地域の伝統的なお祭りのお手伝いにも参加し、この地域にはどんな人が暮らしているのか、どんなことを不安に思っているのかを自らの体験として感じ取ろうと積極的に地域との関わりを増やしていきました。

大学院生と共に地区の伝統行事に参加する様子

そして、1年後には実際にCPプログラム内でものづくりの会や絵本の会を実施しました。集会所には屋内・半屋外・屋外空間という3つの空間があるのですが、時間によって空間の使い方を工夫することでものづくりと絵本の読み聞かせという性質の異なる2つのイベントを同時に行うことが可能です。また、空間を仕切る建具はガラスの引き戸となっていることから、親が屋外で遊ぶ子供達を見守りながらゆったりとした時間を過ごすことも出来ます。こういった利点を活かしたイベントは無事成功し、地域に住む親子達に来て頂け、地域に新しく引っ越してきた方にも「友達が出来て良かった」と言ってもらうことができました。こういった活動を通して、地域に参画してイベントを行う難しさ、そして人と人との新たな縁を結ぶ、建築の持つ見えない力を改めて感じました。

イベントに来てくれた子供達との写真

学生団体「Campus tree」

CPプログラムと並行して参加していたのが、地域住民の方々とキャンドルナイトをおこなう学生団体での活動です。姫路市内のさまざまな地区の自治会や商工会議所の方々と協力してイベントを開催するのですが、その中でも姫路市内の水上地区で毎年11月に開催されるキャンドルナイトが1年を通して最も大きなイベントとなっています。イベントでは毎年テーマを決め、テーマに沿ったモニュメントを作成し、そこにキャンドルを配置するのですが、引退前最後のイベントで私はモニュメント班のリーダーを務めました。住民と話し合った結果、その年のテーマは兵庫県県政150周年を記念として「5色の道で1つの未来へ」と決まりました。モニュメント班では来訪者が中を通り抜けできるアーチを作成することとなり、私は自分の持っているスキルや知識を活かして、まずは班のメンバーと3DCADでのアーチの作成に取りかかりました。これをチーム全体で共有することで漠然としていたものを具体的にイメージしてもらうことができました。

そこから必要な部材の寸法や量を決め、空きコマ等の空いた時間には水上地区の住民の方からお借りしている工場へと行き、作成に取りかかりました。準備の時にはキャンドルの大きさや配置等で住民と意見が分かれた時もあり、自分達が良いと思ったものをどう説明するのか、どう納得させるのかに非常に苦労したこともありましたが、最終的には来訪者の方々に「すごく綺麗だね」「よく作ったね」といった言葉を頂き、イベント当日はアーチが写真スポットとなっていて達成感を感じました。このアーチは私達が引退した翌年のイベントでも使用されたと聞き、自分達の「地域の方々に喜んでもらいたい」という想いがカタチとして残ったことが非常に嬉しかったと同時に、自分達の活動を誇らしく思えました。

班のメンバーと協力して作成したアーチ

卒業設計

3年の専門ゼミではCPプログラムでもお世話になっていた安枝英俊先生のゼミに所属することになりました。そこで取り組んだ卒業設計では、岡山県備前市伊部地区における高齢者施設の提案をおこないました。高齢者施設に興味を持ったのは、私の祖母が高齢者施設への入居が決まったことがきっかけです。施設は質の高いサービスが受けられる一方で、施設内の特定の人としか交流がなされない、施設に入居していない地域住民との関係の希薄化、均質的な平面プランといったさまざまな課題があるのも現状です。こういったことから、施設に入居していながらも地域住民と関係が多く持てる機会のある、高齢者施設のあり方について考えたいと思うようになりました。

備前市は岡山県の南東部に位置する都市であり、10月に行われる備前焼まつりは2日間で10万人を動員しています。一方で、備前市は全国の高齢化率と比較しても高齢化の進行が顕著に表れていると同時に、その中でも備前焼で有名な伊部地区は日帰り・通過型観光が主流となっている地区でもあります。伊部地区は備前焼製造に用いる大きな煙突のある登り窯の古き良き風景や狭い路地が特徴的な街でもあります。

これらの高齢者施設の課題や伊部地区の課題と魅力を掛け合わせて、既存路地の活用と備前市の新たな観光拠点の創出をテーマに、街の中に高齢者施設とそのサテライトを分散して設計することで、閉じこもりになりがちな高齢者の外出する目的と選択する自由をつくりました。また、高齢者施設の中にゲストハウスの機能を加えることで、施設内の人間関係が固定的にならず、観光客も他の備前市の地区とは異なる趣で、暮らすように泊まることが出来るのではないかと考えました。

新たに提案した既存路地の活用

煙突型の高齢者施設の設計提案

最終講評会の様子

修士論文

CPプログラムで地域住民の拠り所となる集会所の活用について計画したり、卒業設計で高齢者施設の設計提案をおこなった経験から、人々が日常的に使う空間や住空間と社会との関連性に興味を持ち、自分らしさを表現しながら生きていくことが今後より求められると考え、大学院に進学し、もっと深く追求したいと考えました。そこで、修士課程では「住宅内における社会とつながる空間の空間構成に関する研究」というテーマで研究をおこないました。

人生100年時代と呼ばれる現代において、自分らしさを表現しながら生きていくためには、社会とつながりながら生活することが求められると考えます。中でも、住まいにおける社会とのつながりについては、住宅の一部を地域へ開放し、他者と交流をおこなう「住み開き」等が挙げられます。「住み開き」は対面的な交流を通して、住まい手の生活を他者と共有しながら自分らしさを表現していると言えます。

一方で、近年、必ずしも対面的な交流を伴わなくても、住宅にいながら仕事場や趣味の活動を通じて自分らしさを表現するような社会とのつながり方が模索され始め、そういったニーズに対応する住宅事例も増えています。これらのことから、住宅雑誌に掲載されている作品の中で住宅内に「社会とつながる空間」を持つ住宅を対象に住宅内の他空間とのつながり方、社会の空間とのつながり方に関する設計手法の分析をおこないました。

研究ではまず、社会とつながる空間という言葉について、社会とつながる空間の社会とのつながり方の考察をおこないました。住宅内の空間のうち、主玄関から入ってすぐの空間を玄関空間(以下「玄関」。)とし、「生活行為が行える玄関」と、「玄関以外の空間について、外部もしくは玄関から直接アクセスすることが出来る空間」、「外部もしくは玄関から直接アクセスすることが出来ないが、人の視線や気配を感じられる空間」を「社会とつながる空間」と定義しました。

社会とつながる空間の定義

 

既往研究の分析においても、建築系の論文だけではなく、社会学や心理学の研究からも社会とつながる空間の有効性を論じました。環境人間学研究科では建築だけではなく、さまざまな分野の教授が多くいらっしゃいます。そういった教授らから研究についてご指摘を頂くことで研究の必要性を改めて考えることができました。

分析結果として、空間構成では5つの類型化に分類し、各類型によって設計手法の特徴も異なることが分かりました。

 

 5つの類型化の結果

 

例えば同じ仕事や趣味の空間であっても、対面的な交流を伴う場合では外部・玄関からのアクセス、床の仕上げに工夫がされているのに対し、対面的な交流を伴わない場合では外部や玄関からのアクセスは無く、床の仕上げは住宅内の他空間と同じように計画がされていました。

コロナウイルスの蔓延によって対面的な交流だけでなく、対面的な交流を伴わないつながりを望む住まい手も増えています。そのため、社会とつながる空間を設計する際には、住まい手の社会とつながりたい目的や意図を設計者が把握し、住宅内の他空間とのつながり方や社会の空間とのつながり方を調整していく必要があると言えます。孤独・孤立予防の観点から見ても、社会に対して積極的ではないつながりを実現する空間があることで、住宅内で生活しながら社会とのつながりをつくることができると考えられます。

おわりに

環境人間学部・環境人間学研究科での活動や研究を通して、建物を設計する際には建築の物としての側面だけではなく、建築を取り巻く社会やそれを利用する人とのつながりを考える必要があると分かりました。卒業設計や修士論文での学びを活かし、春からはゼネコンの設計職として働く予定です。

学生時代に得た経験や学び、そして何より安枝先生の建築に対する考え方は何にも代え難い私の財産です。これからも、人のため・社会のために建築として出来ることは何なのか、設計という仕事を通して追求していきたいです。

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