身近にあるため池が温室効果ガスの溜まり場!?(大学院生:河内 丈太朗)
はじめまして。兵庫県立大学環境人間学研究科1年生の河内丈太朗と申します。出身は大阪府の熊取町ですが、高校は和歌山県、大学は兵庫県と3府県の学校を卒業しました。兵庫県立大学では伊藤雅之ゼミ(陸水物質循環研究室)に所属し、主にため池におけるメタン動態について研究していました。現在は同学部の大学院に入学し、より専門的な研究を行っております。今回は、web記事を書くという機会をいただきましたので、私の大学での研究について紹介させていただきます。
ため池の研究にたどりつくまで
私は、大学2年目の冬に提出したゼミの希望調査で伊藤雅之先生のゼミを希望しました。理由としては、小さいころから川や池などの自然環境で遊ぶことが大好きだったからです。川や池を対象にした研究がしたいと考えていた私にとっては、陸水学の勉強ができるこの研究室が魅力的でした。卒論研究を決める際に、伊藤先生に私の研究に関する希望を伝えたところ、「ちょうど他の研究室でため池を対象とした研究をしている学生がいるので、同じため池で研究をしてみない?」という提案をいただきました。ため池といえば普段は立入禁止で近づくことができないイメージを持っていたので、貴重な経験だと思い、ため池を対象に研究を行うことに決めました。
研究対象が決まってからは、ため池の構造や機能だけでなく、どのような研究ができるのかなどについて伊藤先生に教わりながら勉強しました。そのなかで特に興味を持ったのが「メタン」という温室効果ガスがため池で生成されている可能性についてでした。伊藤先生にさらに詳しく教わったうえで、卒業研究のテーマを「ため池におけるメタン動態」に決めました。今回は、この研究内容について紹介させていただきます。
温室効果ガスであるメタンについて
まずは「温室効果ガス」について軽く説明します。温室効果ガスとは、地表から放出される赤外線を吸収することで地球全体を温室のように温めてしまう気体のことを言います。そのため、温室効果ガスが増えるとどんどん地球温暖化が促進されてしまいます。
「温室効果ガス」と総称されていますが、なかには多くの気体が含まれています。もっとも有名な気体は皆さんもよく知る二酸化炭素です。化石燃料の燃焼を主な排出源とする二酸化炭素は、温室効果ガスの中で最も排出量が多く、総排出量の約91.7%(図1)を占めています。
図1. 日本の温室効果ガス総排出量(2018)
私が研究対象としているメタンは二酸化炭素に次いで2番目に排出量が多く、約2.4%を占めています。二酸化炭素に比べると排出量はかなり少ないですが、メタンは二酸化炭素の約25倍もの温室効果を持つため、重要な温室効果ガスとされています。メタンの排出源は主に農業関連(図2)とされており、牛や羊といった家畜のおならやげっぷに含まれていることは有名だと思います。また、メタンは酸素が少ないところで活発に活動する「メタン生成菌」によって生成されます。そのため、酸素が少ない湿地や水田では多くのメタンが生成されていることがわかっています。
図2.日本の総メタン排出量(2018)
ため池の機能
「ため池」といっても、皆さんの身近にある池のうち、どれがため池でどれがため池ではないのかがわからない方も多いのではないでしょうか。「ため池」とは、降水量が少ない地域で農業用水を確保するために人工的に造られた池のことを言います。そのため、基本的には畑や水田の近くにあります。また、稲作が盛んな日本では、古くから多くのため池が造られてきました。特に、夏期に降水量が少ない瀬戸内海式気候に分類される地域に多く、兵庫県は日本で一番ため池の数が多いとされています(表1)。
ため池の本来の使用用途は農業用水の確保ですが、現代では防災用水としての機能も持ち合わせています。また、ため池では独自の生態系が形成されており、生物多様性への貢献も注目されています。このように、ため池は人やそこに生息する生物にとって無くてはならないものとなっています。
表1.全国ため池の数(R1)
ため池からメタン?
そもそもなぜため池からメタンが?と思った方も多いと思います。そこで、まずはメタンがため池でどのように生成されているのかについて紹介します。
前述の通り、メタンは酸素が少ない場所で生成されます。つまり、ため池の中の酸素が少ない場所で生成されています。では、ため池のどの場所が貧酸素化するのでしょうか?答えはため池の底です。止水域であるため池は、夏期に水温の差によって水密度の違いが生じるため、水が縦方向に混ざりにくくなります。これを水温成層(図3)といいます。そのため、日光が届きにくいため池の底では酸素がどんどん消費されます。つまり、ため池の底では多くのメタンが生成・蓄積されている可能性があります。
図3.水温成層
研究について
ここからは、私が実際に行ったことを順番に紹介します。
① 先行研究
実際にため池で調査をする前に伊藤先生のご協力のもと、先行研究を行いました。過去にため池でメタンについて研究されているのか?ため池に似たフィールドでの研究例はないかを調べました。しかし、ため池を対象としたメタンについての研究がなかなか見つからず疑問に思った私は、日本のメタン排出源の調査結果からため池の項目を調べました。すると驚くことに、ため池の全国的な把握が難しいことから、ため池からのメタン排出量は含まれていないということがわかりました。これを受けて、姫路市内という限られた範囲のため池におけるメタン動態について調べることで、いまだ解明されていない排出量を調べるきっかけとなるのではないかと考えました。
②実地調査
私の研究は実際のフィールドを対象にするため、調査するため池を選出し、現地で調査する必要があります。今回の調査隊は、伊藤ゼミから私と伊藤先生を含む3人、さらに私がため池を研究するきっかけとなった中嶌ゼミの学生の方と中嶌先生の計5人となりました。
本研究では姫路市林田町、太市村、そして兵庫県立大学新在家キャンパス近くのため池それぞれ12面(計36面,図3)を選出して調査を開始しました。調査時期は、ため池の水温成層が起こりやすく、微生物が活発に活動する夏期に行いました。予定を組んだ時点では、各地域12面ならば1日で余裕をもって調査することができると考えていたのですが、時間的な見積もりが甘く、さらに夏期の姫路市は想像以上に暑かったのでかなり過酷な調査となりました。子供のころは炎天下でも遊びまわっていたのに…と思いつつも、熱中症対策のためになるべく日陰になる場所を探し、調査隊で塩飴を分け合いながらの作業となりましたが、なんとか計3日間で現地調査を終えることができました。
図4.調査したため池(36面)の地図[Openstreet Map]
図5.ため池の水採取の様子(バケツにロープを括り付けて表層水を採取。)
③結果
姫路市の36面のため池におけるメタン分析の結果について紹介します(図3)。皆さんはため池にはどの程度のメタンが含まれていたか予想できますか?・・・と言っても、比較するするものがないと分かりにくいと思います。そこで、36面のため池のメタン濃度分析結果と、メタン濃度の比較対象を含めたグラフを図3に示しました。比較対象は、日本で最も汚い湖の一つである諏訪湖の溶存メタン濃度としました(図のオレンジ色の範囲)。汚いということは微生物が多く、水中の酸素が消費されるので、メタン生成が活発に行われているということになります。
図3.姫路市内36面のため池の溶存メタン濃度
ため池のメタン濃度と諏訪湖のメタン濃度を比較してみましょう。ほとんどのため池は諏訪湖よりもメタン濃度が低い結果が出ていますが、数面のため池では諏訪湖と同等かそれ以上のメタン濃度を示しています。つまり、ため池によっては諏訪湖よりも多くのメタンが生成・蓄積されており、さらには放出されている可能性があります。私たちの身近にたくさん見られるため池から放出されるメタンが、日本の総メタン排出量の数値を大幅に増加させてしまう可能性があるといえます。
解決策
これまで、ため池では多くのメタンが生成されているということを紹介してきました。ため池は私たちの身近に多数存在します。身近なところから発生するメタンをどうにか抑制することはできないのでしょうか?私は、ため池からのメタン放出を抑制するための解決策を考えることにしました。
結論から申しますと、メタン放出の抑制にはため池の「かいぼり」が有効ではないかという考えに至りまた。かいぼりとは、ため池の水をすべて抜き、底にたまった泥を除去する、伝統的な管理作業です。定期的にかいぼりを行うことでため池の底まで空気を循環させ、ため池の底でのメタン生成を抑制することができるのではないかと考えました。しかし、かいぼりは人手を必要とするので、管理者の高齢化や管理者不足が問題となっている現在では、実施が困難になっています。
かいぼりによって実際にどの程度の効果がみられるのか、また、かいぼりよりも人手を必要としない他の解決策について今後とも研究していきたいと考えております。
研究を通して学んだこと
この研究を進めていく中で、身近なところでさえまだ解明されていないことがたくさんあると知りました。特に、今回のような自然環境についてはまだまだ未解明のものが多いと聞きます。これらを一つ一つ解明し、世間へ伝えるのが研究者であり、それらを学んで実践するのが今を生きる私たちだということを身に染みて実感しました。自分から知ろうとしなければため池で多くのメタンが生成されていることは知りませんでした。地球規模の環境問題が重要視さている今こそ、身近な問題を学び、解決していくことが大切であると学びました。