場所に集うということ:西脇市との地域連携の経験から(教員:杉山武志)
こんにちは。環境人間学部社会デザイン系の杉山武志です。
はじめに自己紹介をします。私の専門は人文地理学です。本学の共通教育科目で「人文地理学概論」を、環境人間学部では「社会経済地理学」「地域コミュニティ論」「コミュニティ創造論」を担当しています。一般的にコミュニティ論を担当する大学教員は、都市計画学や都市社会学などを専門とする人が多いと思います。ですので、自分で言うのもおかしな話ですが、私はちょっぴりレアな学者(変わり者?)と思います。
最近、力を注いでいる研究テーマは、大きく2つあります。1つは、大都市圏経済の研究です。大都市圏経済というと、大都市の中心地で繰り広げられている「都市再生」や「都市再開発」など巨大資本がうごめく空間を思い浮かべられる方もいらっしゃるかもしれません。しかし私の場合は、大都市圏経済が身近な街で培われてきたコミュニティやなりわいに支えられていることを、コロナ禍のもとで再発見を促す研究を行っています。
もう1つは、トマス・ジーバーツという研究者の考え方を参考に、都市でもなく農村でもない、双方の要素をあわせもつ「間にある都市」での暮らし方、コミュニティのあり方をテーマにしています。たとえば兵庫県には、大阪湾岸の諸都市か多自然地域か、という二分した議論で語り尽くせない、そのあいだの地方拠点都市が数多く点在しています。これら地方拠点都市での興味深い取り組みを紡ぎ出すことが、日本の地域創生を考えるうえで大切になってくると考えています。後者のテーマでは、私と同じ社会デザイン系の三宅康成先生(農村計画学)、太田尚孝先生(都市計画学)と一緒に研究を進めています。今回ご紹介する兵庫県西脇市にも関わるテーマです。
西脇市との出会い
さて、このコラムの本題である西脇市の話題に入っていきましょう。西脇市は、兵庫県のほぼ中央部に位置しています。東経135度と北緯35度が交差する地点があることから、「日本のへそ」を地域資源としたまちづくりも実施されています。私のような地理学者にとって経度と緯度の絶妙な交差地点は聖地でもあって、首都圏の大学にお勤めで知りあいの地理学の先生と一緒に西脇市内の「聖地巡り」をしたこともあります。
西脇市と私との交流が本格的に始まったのは2015年でした。環境人間学部に着任した年です。環境人間学部には、2年生が受講するフィールドワークの科目があります。そのフィールドワークの授業で「兵庫県のどの街を学生たちとフィールドワークしようかなぁ」と考えていたときに、「兵庫県立大学に着任したのだから、西脇市だ!」と(勝手な)直感で、お願いに行ったのが始まりでした。なぜ西脇市にお願いしたのかと言いますと、大学院時代にしばしば西脇市の特産品の一つである播州織とその産地についての論文を読んできていて、印象に強く残っていたからです。快諾いただいたフィールドワークの授業をきっかけに、私の専門ゼミナールをはじめ、様々な科目やプログラムで西脇市を訪問させていただきました。西脇市の中心市街地、のどかな田園地帯が広がる比延(ひえ)地区、津万(つま)地区、黒田官兵衛のふるさと・黒田庄地区、後ほどお話するMiraieが立地する新興住宅地の広がる重春・野村地区など、多くの地域を歩き、そして、西脇市の魅力を見聞してきました。
訪問を重ねるなかで特に関心を覚えたのは、播州織を基幹産業に発展してきた西脇市が、好景気から国際競争力低下に伴う苦境に至るジェットコースターのような環境の変化にもめげず、前を向いて進んでいこうと試みる住民や行政の皆さんの向上心にありました。播州織産地の伝統と魅力を大切にしながらも「田園協奏都市」という新たな都市像を打ち立て、市街地から田園に至る西脇市全体の多様な魅力を織りなして西脇市の未来を育もうとしている姿に感銘を受けています。
■西脇市のまちなかにある播州織工房館
■西脇市比延地区の様子
西脇市×兵庫県立大学
早いもので西脇市との地域連携も7年目を迎えています。思い出が多すぎて何を紹介すればよいか迷うのですが、ここでは3つの話題を紹介したいと思います。
1つ目は、杉山ゼミが西脇市へ提案した政策提言が評価されて「最優秀賞」を受賞したことです。2017年度に西脇市において「第2次西脇市総合計画」策定に向けた検討が進められていたとき、次世代を担う若者の視点や想いを「総合計画」に盛り込む「大学生等からの政策提案」が公募されていました。その公募に杉山ゼミが応募して、研究成果を政策提言として発表したのです。具体的には、西脇市各地区の自治活動を当事者間で学びあい、各地区のコミュニティ活動の質を高めるための施策を提案したものでした。この提案内容は「第2次西脇市総合計画」に掲載されています。ちなみに、ゼミ生たちへの副賞が西脇市の特産品の一つ「黒田庄和牛」のしゃぶしゃぶ肉であったことも思い出されます。
■大学生等からの政策提案発表会 Miraieにて
2つ目は、兵庫県立大学の副専攻「地域創生人材教育プログラム(RREP)」を、2019年度に西脇市で実施させていただけたことです。ビジネス、ケア、デザインの視点で地域連携活動を展開しました。コミュニティビジネス班、観光コンテンツ班、地元食文化魅力発信班、子育て世代健康食生活普及啓発班、地域連携拠点創出班、移住・定住交流推進班という6つの班に、環境人間学部だけでなく他学部の学生も含む約50名、教職員10名が参加する大規模なプロジェクトです。学生自ら企画した地域課題の解決策を、地元の人たちと必ず実現することがミッションでした。詳しくはぜひ、西脇市ホームページに掲載されている活動成果をご覧ください。
■地域プロジェクト実践論:地域連携拠点創出班の発表 Miraieにて
3つ目は、2019年度から環境人間学部で実施されている「暮らし×らしさプロジェクト」の一環として、コロナ禍のもとでの西脇市の子育て支援や移住のあり方を考える「茜が丘複合施設Miraie魅力づくりプロジェクト」を立ち上げたことです。Miraieで授業や地域連携活動を行うことはしばしばあったのですが、Miraieそのもののあり方を考えるのは意外にも初めての経験です。私のゼミ生の多くが関心をもつ、地方圏への移住や子育て支援との関わりでMiraieから西脇市の都市政策をまなざすことができるのは、何にも代え難い学生たちの実践的な学びにつながっています。
Miraie(みらいえ)とは、2015年、野村町茜が丘に開館した西脇市の複合施設の愛称です。Miraieは、こどもプラザ、男女共同参画センター、図書館、コミュニティセンター重春・野村地区会館の4つの機能をあわせ持っています。「“まちの未来につながる理想の居場所になるように”との願いが込められた愛称どおり、子どもから大人まで誰もが楽しみながらゆっくりと過ごすこと」がMiraieのコンセプトになっています。このMiraieのコンセプトの学術的背景には、レイ・オルデンバーグというアメリカ合衆国の都市社会学者によって提唱された「サードプレイス」という考え方があります。社会デザイン系の井関崇博先生(社会学)も「サードプレイス」論に注目されておられます。
■西脇市茜が丘複合施設Miraie外観 西脇市提供
開館以来、Miraieの利用者数は順調に推移していました。もちろん、学生たちも頻繁に訪問してきました。コンセプト通り、地域内外の多世代にわたる人たちが気軽に集い、交流し、昔からの住民も移住してきた人たちも包みこまれる居心地のよい場所がMiraieであり、集った人たちが西脇市の未来を様々に語りあってきました。しかし、コロナパンデミックの影響によって、Miraieでの交流やイベントの実施ができないことも多くなってしまいました。集うための場所に集うことができない…集うことを目的に生まれたMiraieにとって、こんなに辛いことはないのです。
それでもMiraieでは、屋外で水鉄砲やシャボン玉などの水遊びを経験する「みらいえDEみずあそび」やMiraieの駐車場近くにあるロータリーを解放してアスファルトにチョークで落書きをして楽しむ「みらいえDEらくがき」、夜の星空観察など、コロナ禍でもできる取り組みが実施されてきました。そして、ポスト・コロナを見据えた動きも始まっています。先ほど紹介した「茜が丘複合施設Miraie魅力づくりプロジェクト」では、来るポスト・コロナ期のMiraieを再び集いあえる場所に回復させていくためのアイデアを練っています。実際に現地へ訪問するのは難しい状況でも、オンライン調査を行い、可能な範囲内でディスカッションやワークショップを重ねてきました。
キーワードは、子育て、図書館、まちづくり、移住の4つです。子育て、図書館、まちづくり、移住をめぐっては、これまでにも先進事例や研究成果が数多くあって、割とアイデアが出尽くしています。そうしたなか文献を調べたりしていると、子育てのことは子育て、図書館のことは図書館など、各々のカテゴリーのみで考えられる傾向が確認されます。もちろん研究には専門性がありますので、縦割りであるのも致し方ないのかもしれません。しかし私たちは、その縦割り的枠組みを取っ払おうとしています。たとえば子育て研究で考えられてきた発想と図書館研究で考えられてきたアイデアを組み合わせてみると「どうなるだろう?」と掛けあわせを試みています。ヒントは、社会デザイン系の竹端寛先生(福祉社会学)のご発想でした。竹端先生は『枠組み外しの旅』『「当たり前」をひっくり返す』というご著書を執筆されておられます。コロナパンデミックからの回復を目指して、Miraieや西脇市にも、ニューノーマルに向けて枠組みを外す、当たり前をひっくり返す発想がこのプロジェクトを通じて必要と考えたのです。様々な学問分野からの刺激が人文地理学にとっての新たな発想につながる…これが環境人間学部“らしさ”と思います。
■Miraie魅力づくりプロジェクトのワークショップ 杉山ゼミの演習室にて
やっぱり現実の場所に集うのが好き
近々、取りまとめた成果をMiraieの人たちに報告することになっています。西脇市の皆さんとのささやかな目標は、Miraieに集ってプロジェクトの成果を発表すること。地理学を専門とする私や、私の考え方に共感してくれている(であろうと信じる)ゼミ生たちは、やっぱり現実に集うことのほうが好きなのです。コロナ禍のため、緊急的にオンラインというサイバー空間へ移行したことも、プロジェクト推進において必要なプロセスではありました。しかし、人間は現実の場所というコミュニティで生きています。そして、これからも現実という場所で生き続けるのです。どれほどサイバー空間が発展しようとも、現実にある場所とそこで生きる人たちの膝を突き合わせた学びあいに勝るものはないでしょう。ゼミ生が西脇市の皆さんと再認識する経験ができたこと、それが「茜が丘複合施設Miraie魅力づくりプロジェクト」のもう一つの成果となっています。こうした経験が、場所に集うことの意義を重視する人文地理学“らしさ”のある地域連携なのです。