2020.04.01 更新

身近なところから、この国の農業を豊かにしたい。デザイナー 池島耕さん

兵庫県立大学非常勤講師、コピーライター

二階堂 薫

その人の声が聞こえるような文章を

こんにちはー、二階堂薫と申します。職業はコピーライターで、専門はコミュニケーション(伝えるための伝わる言葉)。兵庫県立大学環境人間学部では「企画デザイン」という授業を担当しています。

コピーライターは、日本語で言うと広告文案家。商品やサービス、取り組みなど、クライアント(広告主)が伝えたいことをわかりやすく伝えるために適切な言葉を選んだり、興味を誘う作戦を立てたり。話を聞く、考える、調べる、まとめる、書く…というのが仕事です。

このたび話をお聞きしたのは、グラフィックデザイナーの池島耕(いけじまこう)さん。環境人間学部の学生団体「DEN」が週末カフェをいとなむ「町家咲庵(しょうあん)」に「夕雲舎(ゆうぐもしゃ」の看板を掲げたオフィスをかまえ、「ひょうごの在来種保存会」の一員として食や農にまつわる研究・プロジェクトや学生団体「畑っこ」をサポートしたり、様々な情報発信にたずさわるなど、環境人間学部との関わりが非常に深い人物です。

この記事を担当するにあたって、環境人間学部の多様な研究や活動を支える地域のキーマンに、ふだんはなかなか聞けない人生や仕事について語っていただけたらと考えました。また、文面からその人らしさが匂い立ったらいいなという願いから、話し言葉をそのまままとめて一人称のスタイルで仕上げる「聞き書き」という手法を用いることに。その人の声が聞こえるような、その人の声で脳内再生される文章をめざします!

 

オフィスがある、姫路市材木町の「町家咲庵(しょうあん)」。

ちっちゃい時から外が好き、農業や古いまちなみも

池島耕(いけじまこう)です。1976年7月9日生まれ、生まれも育ちも大阪府の枚方市というとこです。大阪と京都のちょうど中間、だから学生ン時は大阪にも京都にも行ってました。淀川っていう大きい川があるんで宿場町的な感じ、街道とかが多くて。江戸時代から、もっと前かな、枚方は交通の要所で、古いまちなみもけっこう残ってて。そのまちなみと京都のすてきな日本家屋との出会いが、今に、町家で事務所を開いたことにつながります。

とにかく外で遊んで、毎回何かを持って帰ってた子どもでした。気になった錆び具合のボルトとか草木とか、拾っては持って帰ってストックして、母親に捨てられて、また持ってきての繰り返し。農業の一番の始まりは、小5〜小6の時。夏休みの間、農村に数週間行くワークプログラムに行きたいって母親に言って、自分で応募して。一番のきっかけは、名前ちゃいますか。なんでこんな名前つけられたんやろうって。兄弟2人で、8歳はなれてる兄がいる。てへんに石と書いて、開拓の拓(たく)。兄がひらいて、弟がたがやす。ちっちゃい時から外が好きだったっていうのもあるかなぁ。

国語教師をめざすも就職氷河期→デザイナーに

大学は、当時まだ少なかった日本語学科に。外国人の方に、自分の母国語である日本語を教えるっていうのに興味を持ったんです。共に学ぶ仲間、留学生がいっぱい居た。1年の時は、オーストラリア出身のディーンっていう子とルームシェアして。2、3、4はマレーシア出身のガザリ君と。国賓ぐらいの超VIPな家系の子。今でも交流ありますよ。

進路の既定路線は日本語教師か国語教師、国語教師を受けようと。ちょうど氷河期やったんで、バイトしながら就職浪人。挫折しかけた時にコピーライターっていう仕事を見つけ、コトバを相手にする仕事に魅力を感じ、コピーライターをいったん目指すんです。コピーライターと同じ、広告をつくっていくような仕事でグラフィックデザインの学校やったら当時、神戸にあったんで…1年通ったんかな。屋号のもととなるコーヒー屋「レッドクラウド」などでバイトしながら。

で、旅行代理店のパンフレット制作中心のデザイン事務所に就職が決まった。大阪ですね。次は、神戸の広告代理店。コピーライターさんも居て、めざしてた道に近かった。結局、そん時の上司に言われたんかな、デザイナーの方が向いてるって。グラフィックデザイナーでもコピー書けるし、文章も整理できる。最初から最後まで自分の力でタッチできるっていうのに魅力を感じましたねぇ。

兵庫県立大学環境人間学部の学生と、かんぴょう畑で収穫。

師匠と出会い、土に触れ、農をたずさえる人生に

会社員時代は深夜残業あたりまえ、土いじりできへんかった。子どもの時から外が好きやったぐらいやから、土いじりができひんとたぶん死んでまう。独立を機に、土いじりもできる環境に身を置かないとまずいなぁって。いきなり、畑で食べていこうとは思わなかったですね。

で、農業教室とか講演とかいろんな所に出向いて、その中で後の師匠となる山根成人さんと出会うんです。就農講座、農的暮らしを実現する、みたいな講座に講師で呼ばれてはったんです。最初のひとことに、びっくりしましたね。「わしらの時代が社会をつぶしてしもて、すまんなぁ」みたいなことを言うて。農業って、食べていく業じゃないですか。自分の暮らしを営んでいくために稼がないといけない。じゃなくて、自分の仕事ありつつも、農をたずさえる暮らしをすることで豊かになるんじゃないか、農業じゃなく農っていうところが自分のスタンスと合ったんです。自分はそん時言葉にできひんかったけど、山根さんに言われて、ようやくわかったんやね。

そんなおっちゃんに出会ってもうたもんやから、とんとん拍子で姫路行き。フリーランスでデザインやりながら、週に3日ぐらい畑をお手伝いさせてもらって、山根さんの「ひょうごの在来種保存会」で事務的なことを。向こうも、若い子が手伝ってくれるいうことで頼ってくれて。今よりどっぷりでしたね、「ひょうごの在来種保存会」に。山根さんと出会うことで、いろんな農家さんとも出会って、今につながってるし。

姫路・香寺の在来種、恒屋の青大豆。

種そのものじゃなく、種にまつわる文化を伝える

「ひょうごの在来種保存会」とは?兵庫県内の、主に野菜、作物の種そのものと食文化を次の世代につないでいこう、という活動が主な趣旨です。在来種の定義は、世代をまたいでつくり続けた作物の種。我々は、食文化も含めて種にまつわる文化を残していきたいというのが強かったから、基本的に種もストックしない。ストックするとしたら、世話人と呼ばれるスタッフたちが畑で植えてる。ジーンバンクとか、冷蔵庫とか冷凍庫で瓶詰めしたり、そういう組織はあるんです。ではなくて、自分たちが毎年畑でつくり続けることで残してる。

例えば、姫路だと海老芋っていう在来種があります。海老芋は、その土地でその種をつないでいくことで、姫路海老芋っていうことは変わらない。年数を経ることで、その土地の気候風土とか、土地の質とかが合ってくる。土地ならではの野菜になってくれるっていうのが我々の考え。原種を残すっていうよりは、土地に根付いたとか、それに派生する食文化を大事にしていってるんです。種を残したいっていう想いよりも、それにまつわる人のいとなみですね。それは僕自身の考えというよりは、山根さんをはじめ、会全員の想いというか。

仕事場は、町家の2階。

本業は「聞く、聞く、聞く」、食と農のデザインを。

2012年当時、自宅でフリーランスでやるのに限界を感じて、集中してやれる職場を探してたんです。古い建造物を活かして事務所にできたらなぁ、できたら町家でやりたいぐらいで。タイミングよく出会ったのが、当時、この町家を管理されていた兵庫県立大学の志賀咲穂先生と内平隆之先生。志賀先生の一文字をとったのが「町家咲庵」。志賀先生と内平先生に出会ったのが、ここに入るきっかけです。

デザインの仕事のお客さんは8割、姫路〜播州エリア。業種は民間と行政、半々ぐらい。地域に根ざしているとこが多いですね。スタンスとしては「聞く、聞く、聞く」。聞くことで、何かしらの解決につながるのが我々の仕事。徐々に会社立ち上げて、仲間に来てもらって、どんどん増えて…現状になってます。自分で土いじりをやっているのもあって、出会う人もそういう…地元の農家さんやったり、その農家さんから野菜仕入れてる飲食店やったり。その人たちが信頼してくれて、行政の仕事やってみてよって紹介してくれたり、信頼関係の積み重ねというか。

壮大な話になりますけど、食と農のデザインをすることで、この国の農業を変えたいっていうのが一番の想い。もちろん、自分ができること、身近な農業でもいいけど。こんだけ発展している国で、自分たちの国で生み出している食料が40%、38%とかっておかしい。この国で食料を生産している方々が食べていけない状況になるんです。この国の食料を生み出してくれてる…特に1次産業の方たちが食べていけるように、デザインの力で解決していけたらなぁと。「半農」でやってるのも、そういうところかな。

 

◎池島耕(いけじまこう)
グラフィックデザイナー、夕雲舎デザイン事務所代表、ひょうごの在来種保存会・姫路地区世話人。

1976年、大阪府枚方市生まれ。広告代理店に勤務した後、2007年より夕雲舎デザイン事務所を立ち上げ、「兼農商家」として、食と農にまつわるデザインでの解決を試みている。ひょうごの在来種保存会・姫路地区世話人。各地で食や農にまつわるマーケットや映画上映会などを開催し、姫路駅前ファーマーズマーケットも企画。また、兵庫県立大学のアドバイザーとして、大学と地域との連携にも取り組んでいる。

※「ひょうごの在来種保存会」について、お問い合わせは池島氏まで。

お問い合わせフォーム→http://redcloudworks.jp/contact

 

〜writer's view〜

実は、池島さんはお仕事仲間。え、そうだったの?というエピソードが多々飛び出しました。人はみんな、それぞれの物語を持っていて、聞くことでそのカケラがこぼれ落ちる。そして、生き方や働き方は人の数だけ存在するのだなとあらためて認識しました。自分の好きなことや興味の対象を仕事にするのも、仕事は仕事とわりきって生きるのも、両方あり。人生に正解なんてなく、自分が見たい世界(未来)はどういうものなのかを描きながら、日々起こるできごとに自分がどう反応するか…その積み重ねなんだろうなと思います。池島さんはお名前どおり、これからを耕していくのかなぁ。物語の続きが楽しみです。(二階堂薫)

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