2020.03.16 更新

ため池地域の「未来天気図」を描く

環境人間学部環境デザイン系

准教授 奥 勇一郎

地球温暖化に備える

環境人間学部 環境デザイン系の奥と申します.専門は気象学・気候学です.時々刻々と変わる空模様から地球温暖化まで様々なお天気を科学する,それがこの学問分野です.暮らし,文化,産業はその地域の気候・気象の下に形成されていると言っても過言ではありません.私の研究室では,台風をはじめとする暴風雨などの激しい気象から日々の暮らしにおける穏やかな気象まで,様々な現象のメカニズムを解き明かし,その将来予測と私たちの生活への影響について調べています.

近年,地球温暖化により夏の暑さが極端化する傾向がみられ,それに伴い熱中症患者の発生数が増加しています.中でも建物が密集している都市部ではヒートアイランド現象(*1)が加わって夏の暑さがより悪化することが懸念されています.地球温暖化の主たる原因である温室効果ガスを減らす「緩和策」ともに温暖化による影響や被害をできるだけ小さくするための「適応策」の検討が注目されています.たとえば,子供たちが屋外で安心・安全に遊べる環境を目指して大阪市では市立小学校運動場の芝生化を進めています.運動場の芝生化事業はまさにこの「適応策」そのものなのです.すべての市立小学校の運動場を芝生化することでどのくらいの効果があるのか?そのような研究(※1)も進めています.

適応策としてのため池

日本には多数のため池があります。これは農業用水を確保する目的で人工的に造成された貯水池であり、水不足に悩まされる地域では多く作られてきたのですが、実はこれも「適応策」の一つの例として期待されているのです。

水(池)は陸と比べて比熱が大きいため温まりにくく冷えにくい性質を持っています.ですので,夏の晴れた日中の水面の温度は陸面の温度と比べて低くなり,池の上の気温は陸の気温と比べて低くなります.このとき,池の上で風が吹けば,その風に乗って池の上の涼しさが風下側の地域に運ばれます.これを温度移流といいます.真夏の炎天下,私たちが涼を求めて水辺が恋しくなるのはそのためです.ともすれば,ため池の周辺の地域はその涼しさの恩恵を受けていることになるはずです.

では、一体、どのくらいの恩恵を受けているのか?つまり、適応策としてどれほど有効なのか?私たちはそれを調べてみることにしました.池干し等によりため池がない場合の気温とある場合の気温を比べればよいのですが,池干しの前後で気象条件を揃えなければなりませんし,コストもかかります.そこで気象の数値シミュレーションの出番です.

気象の数値シミュレーション

物理の法則に基づいて気温や風の時間変化をコンピュータで計算する,それが気象の数値シミュレーション(※2)です.先ほどの「温度移流」も物理の法則のひとつです.ご存じのように現在の天気予報はスーパーコンピュータによる数値シミュレーションの結果に基づいて未来の天気が予測されています.電卓に数値を入れないと計算の答えが出ないのと同様に,物理の法則に現在の気象条件と様々な環境条件を適切に与えないと正確な予測が出せません.コンピュータが発達した現在もなお気象観測が行われているのは,現在の気象条件を適切に与えるためなのです.同じ気象条件を与えても,池の上の気温と陸の気温との間に差がある,これは環境条件の違いによるものです.先ほどの「水は陸と比べて比熱が大きい」という物理の法則に与えるべき環境条件は,どこにため池があってどこが市街地でとこが森林なのかという土地利用です(図2).この土地利用の環境条件を変化させる,すなわちため池を耕作地,あるいは住宅地に変えることで,ため池周辺の地域の気温がどのくらい変わるのかを計算することができ,ため池があることでどのくらいの涼しさの恩恵を受けているのか?を調べることができるのです.

図2(解説)気象の数値シミュレーションにおける土地利用.青色のメッシュが対象のため池を示します.

播磨地方印南野台地を対象にシミュレーション

兵庫県の播磨地方は瀬戸内海に面した温暖な気候である一方,水不足に悩まされる地域でもありました.そのため,ため池が数多くつくられました.その数,兵庫県で約24,000,これは全国一だそうです.(図3)

図3(解説)対象地域とその空中写真.ため池が点在している様子がわかります.空中写真は国土地理院地図の写真データを一部加工して作成しています.

この播磨地方の印南野台地を対象に気象の数値シミュレーションを行った結果,ため池を住宅地に変えてしまうと,その周辺の地域では夏の晴れた日中で最大1.1℃の気温上昇が見込まれることがわかりました.つまり,ため池があることでこの気温上昇分だけ暑さが抑えられている効果があることを意味します.この効果はため池の数が多い地域ほど,ため池からの距離が短いほど,大きくなります.わずかではありますが,ため池から1km以上離れた地域にも効果が波及することもわかってきました(図4).一方,ため池の「水は陸と比べて比熱が大きい」ことは,冬の夜間の冷え込みを抑える効果があることを意味します.冬の夜間で同じ計算をしてみると,夏と同様に寒さが和らぐ効果があるという結果が得られました(図5).図4と図5を見比べてください.夏の日中の暑さが抑えられる地域と冬の夜間の寒さが和らぐ地域が異なることが一目でわかります.これは,この地方に吹く風の向きと強さが,夏の日中は瀬戸内海からの海風,冬の夜間はやや強い北西の季節風,と大きく異なることによります.単にため池のある・なしだけで答えが導き出せるものではなく,地理的・季節的な要因によってそれぞれの地域でのため池のある気候が形成されていることがよくわかります.

図4(解説)ため池が夏の晴れた日中の暑さを抑える効果.効果の大きさはため池のある・なしによる気温差の継続時間を考慮しており,たとえば1℃×hrとは,ため池があることで1℃の気温差が1時間持続することを意味します.矢印は風向・風速を,灰色の■が対象のため池をそれぞれ示します.

図5(解説)ため池が冬の晴れた夜間の寒さを和らげる効果.効果の大きさ等は図4と同じです.

未来の暮らしをデザインするために

家のすぐ隣にあるため池,そのため池と気候との関係を調べてみたい,ある学生さんの探究心からこの研究は始まりました.数値シミュレーションの設定から結果の解析・考察まで,彼が研究室に所属していた学部2年間と大学院2年間,計4年間の成果(*2, *3, *4)です.近年,ため池の堤体老朽化による水害リスクの増大,農業従事者の高齢化や離農による維持管理問題といったため池を取り巻く環境の変化も研究へのモチベーションとなったようです.

日本の美しい里山風景を形成するため池,生物多様性の宝庫でもあるため池,そしてこの研究で示せた夏の晴れた日中の暑さを抑える効果をもつため池,ため池の持つこれらの側面は,地球温暖化に備えるため,未来の豊かな暮らしをデザインする「適応策」としてのポテンシャルを持つことを意味します.価値観が多様化する中でこの研究で得られた知見が今後のため池のあり方を考える一助となればこの上ございません.

私たちの暮らしや社会の問題を環境科学の視点から眺める,考える,それらを定量化・可視化してわかりやすく伝えることが重要です。ここでご紹介した気象の数値シミュレーションによる研究手法は,他の地域にも適用することが可能です.温暖化した将来はどうなるのか?といった課題にも定量的に評価することができ,デザインの検討材料になることが期待できます.

 

参考文献

*1: 奥 勇一郎, 桝元 慶子, 2014: 大阪市における夏と冬のヒートアイランド現象の違いに関する観測的研究. 日本ヒートアイランド学会論文集, vol.9, pp.1-12.

*2: 春木 優杏, 奥 勇一郎, 2017: 領域気象モデルによるため池が周辺地域の気候に与える影響評価の試み. 日本気象学会2017年度秋季大会予稿集, P232.

*3: 春木 優杏, 奥 勇一郎, 2018: 領域気象モデルを用いたため池が周辺地域の気象に与える影響評価. 日本気象学会2018年度秋季大会予稿集, P307.

*4: 春木 優杏, 奥 勇一郎, 2019: ため池が周辺地域に与える冷却効果の評価. 日本ヒートアイランド学会第14回全国大会予稿集, A-31.

 

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