2021.08.16 更新

コロナ禍の逆境から大逆転した卒業研究 -海外展開から地域に根差した食育へ(教員:永井成美)

食を豊かにする

環境人間学部 教授 永井成美(栄養教育・栄養生理学研究室)

(著者写真・フィリピン国ボホール州の小学校にて)

フィリピンでの食育研究で学生が急成長

こんにちは。食環境栄養課程の永井成美です。私の研究室では、主に2つのタイプのテーマで卒業研究を行っています。

1つ目は、実験室で行う「栄養生理学研究」です。食品や栄養素などの心身への影響を調べるために、食後の脳波や呼気ガスなどを測定・解析する研究です。

2つ目が「食育研究」です。児童、障がいがある方、アスリートなどへの食育プログラムや教材を開発し、行った食育の教育効果を評価する研究です。近年、研究室出身者の高木絢加さんがフィリピン共和国のJICA隊員となり、卒業研究生と一緒に食育活動を行ったのを機に、研究のフィールドが海外(途上国)にも広がりました。

フィリピンでは、高木さんたちJICA隊員による事前の調整後、4年生と2018年6月に訪問し、学生たち自身が現地の教育省や校長会、小学校で食育のプランをプレゼンし、トップの許可を得るところからスタートしました。帰国後数か月で英語の指導案と教材を作り、授業のトレーニングを行い、9月の訪問では、小学校で食育の授業を行いました。児童や関係者からの良好なフィードバックを頂き、成果を卒業論文や投稿論文としてまとめることができました。

出国(6月は大阪地震当日、9月は台風で関空や連絡橋が被害を受けた直後)から、現地でもハプニングの連続でしたが、現地関係者やJICA隊員のご支援のもと、見知らぬ土地で学生は逞しく乗り越えて行きました。児童・教育関係者の反応や学生の成長に手ごたえを感じ、海外での食育研究をこれからも続けることにしました。

(フィリピン共和国ボホール州の小学校での食育授業風景)

次はモンゴル国での食育研究へ

翌年の4月、新4年生と私は、モンゴル国を訪問していました。

電線もない、道路もない、見渡す限りの丘陵には若草を食む羊や馬の群れが点在し、その先は真っ青な空へつながっています。車を降りると丘を吹き上がる風が思いのほか強く、飛ばされないよう足に力を込めながら、モンゴルの遊牧民が住むゲル(移動式住宅)へと向かいました。

(モンゴルの遊牧民が暮らす移動式住宅「ゲル」)

(ゲルでのおもてなし・手前がアーロール)

きっかけは、25年以上前からモンゴル国で歯科保健活動を行っておられる、歯科医師の岡崎好秀先生(国立モンゴル医科大学歯学部客員教授)とのご縁でした。モンゴルでは都市化や近代化が進み、首都ウランバートルでは「車社会・屋内労働」「遊牧民時代の脂質の多い食事」「甘い飲み物とお菓子の洪水」による運動不足と過食のために、おとなでは肥満や生活習慣病が、子どもでは低年齢から発症する重度の虫歯(4歳児の約9割)が問題になっており予防が急務です。岡崎先生のう蝕予防活動や人材育成を、食や栄養の面から協力したいと提案し、同行することになったのです。

2019年4月、研究室の4年生たちと私は、オユンナ教授をはじめとするモンゴル国立医科大学歯学部の協力のもと、ゲルを訪問し、遊牧民の伝統的な食生活についてインタビューを行いました。温かい肉うどんやアーロール(乳製品の干菓子)でのおもてなしを受け、また、ウランバートル市内の一般家庭でも伝統食(パオ)や現代食の並ぶ夕食をご馳走になりました。市内のスーパーマーケットや庶民的なザハ(市場)での市場調査、博物館での情報収集を行うなかで、学生たちも私も、モンゴルの歴史と大地、人々の温かな人柄が好きになりました。9月の再訪問時には、首都の小学校と幼稚園で「むし歯予防のための食育」を行い、卒業論文としてまとめました。この時も、学生はモンゴル国立医科大学歯学部の若い先生方や、姫路市在住のモンゴル出身の女性とも良い関係を築き、情報収集や翻訳などを助けて頂いていました。帰国時に、折り紙やプレゼントを手渡してお礼を言っている様子に、研究力だけでなく、人間的にも成長したことを感じました。

(ウランバートル市の小学5年生への食育授業[中央はオユンナ教授(通訳)])

(ウランバートル市内幼稚園での食育[左はオユンナ教授(通訳)])

コロナ禍で渡航できなくなった!

翌年の2020年4月、新4年生と再びモンゴルを訪問する予定でしたが、新型コロナウイルス感染症の世界的パンデミックでモンゴル国の国境は閉ざされ、学校は全て休校になってしまいました。すでに航空券も取り準備を済ませていたのでギリギリまで状況を見守りましたが、全く先の見通しが立ちません。辛い気持ちで、渡航中止を学生に告げました。

コロナ禍だからこそできることを探した

モンゴルで行う予定だった食育は「むし歯予防」でした。モンゴルの小学生のむし歯有病率は95%を超えており、日本の小学生の約2倍、まさに「むし歯の洪水」状態です。

学生たちは、3年生の間に食育の教材づくりのため、モンゴルでも販売されている幾種類かの飲料を試飲して口の中のpHの変化のデータをとり、行動科学理論に基づいた「甘い飲料の誘惑場面での対処法」を学ぶイラスト教材も試作していました。

ところが、日本は予防や早期受診が充実しているので、むし歯予防の食育はそれほどニーズが高いとは言えません。ある日の学生たちとのミーティングで、「国内でやるしかない。でも今だからこそできる理由、できることはないだろうか」とテーマを模索しているとき、「例えば、夏休みなどの長い休暇のあとには、肥満とむし歯が増えることがわかっている」と私が何気なく言ったことに学生たちはピンときたようでした。次の文章は、卒業論文の一節です。

新型コロナウイルス感染症の影響で,世界では約190か国で休校措置がとられ,15憶人の子どもと若者に影響を及ぼしている。

日本でも小学校等における全国一斉の臨時休業を要請する方針が内閣総理大臣より示され,2020年2月28日に文部科学省より,2020年3月2日(月)から春季休業の開始日までの間,学校保健安全法第20条に基づく臨時休業の要請が出された。その後,4月7日より,兵庫県を含む7区域で新型コロナウイルス感染症緊急事態宣言が発表され,4月16日には全都道府県に区域が拡大した。それに伴い,姫路市内の小学校においても3月2日(月)から3月24日(火)まで,及び4月7日(火)から5月31日(日)までが臨時休業とされた。これらの措置によって児童らは約3か月もの間,通学がままならず自宅で過ごす時間が増加した。

このことが児童の栄養や食生活に及ぼす影響は決して小さくなかったと考えられる。学校給食のある日とない日の食生活を比較すると,小学5年生の児童において嗜好飲料類の摂取が学校給食のない日よりもある日に摂取量が有意に低かったと報告されている。また,日本スポーツ振興センターによる児童生徒の食事状況等調査では,給食と給食のない日の昼食を比較した際に,小学生,中学生ともに給食のない日のほうが,嗜好飲料類摂取量がはるかに多かったことも報告されている。以上から,学校給食のない臨時休業期間において,児童の嗜好飲料類の摂取が増加した可能性が考えられる。したがって,歯と飲料に関する食育授業を行うことは,ウィズコロナ時代における児童のむし歯予防に寄与できる可能性があると考えた(卒業論文の一部抜粋)。

自ら動き始めた学生たち

学生たちも、できないことを嘆くよりも、今できることから始めようという発想の転換ができたようです。ここからが驚きの展開になります。兵庫県立大学通信1460,4号(2021.4.1発行、ウェブ版はこちら)のインタビューに答えた学生の発言からみて行きましょう(イラスト・小椋奏子作)。

奥村なぎさ:「私たちは合同で、小学生向けに『歯と栄養』についての食育の研究をしてきました。研究室の取り組みとして、モンゴルの小学校で実施する予定が、コロナの影響で行けなくなってしまったため、急遽、自分たちで受け入れ先を探し、近隣の小学校で実施しました」

学生たちは、3年生の実習先だった姫路市内の小学校に自分たちでお願いに行き、栄養教諭や管理職の先生のご了承を頂いてきたのです。さらに、もう1校、学生たちに教員採用試験の面接練習をしてくださったある小学校の校長先生が、「うちの小学校でも授業をしてみませんか」と言ってくださり、2つの小学校で実施できることになりました。

毛利美咲:「(既にモンゴルの小学生向けに指導案や教材を作っていたので)日本の小学生向けに実施内容を変更するのは大変でした。2人でよく考えて、自粛生活で子どもたちは家で過ごす時間が長くなり、自分でお菓子や飲み物を選択する機会が増えたことでむし歯のリスクが高まると想定し、むし歯にならないための飲み物の飲み方を子ども自身が考えて実践できるような授業をすることにしました」

奥村「毛利さんが低学年、私が高学年を受け持ちました。授業をする時期や学年のレベルに合わせて、話す内容や板書の書き方などを工夫する必要がありましたが、(中略)イメージするのが大変で、とても苦労しました」

食育授業の様子

食育授業は全部で8回の機会をいただき、卒業研究に必要な評価のデータも揃いました。何より、コロナ禍でおうち時間が増えた子どもたちへのむし歯予防教育が行えたことで、ちょっぴり地域にも貢献できたのではないかと考えています。

授業の内容や結果など、詳細は以下をご覧ください。

With コロナの時代に求められる食育プログラムと教材の開発:児童の飲料選択スキル向上を目指した小学校と大学協働の食育の取組み

(授業に向けて特訓中の学生たち)

ピンチをチャンスに変えた力が就活にも活きた!

学生たちは、コロナ禍で卒業研究が想定外の事態になっても自ら動いて打開し、研究に打ち込み、しっかり学んで、地元にも貢献しました。ピンチがチャンスと言いますが、実は、この二人は、栄養教諭志望。小学校の授業では、プロの先生方から授業改善のためのコメントやご指導を頂き、児童の生の反応を経験したことで、教諭になるために必要なことをたくさん学ぶことができました。それが就職活動にも活きたようです。

毛利「実際に小学校で授業を8回も体験できたのはすごく為になったんです。教員採用試験の二次試験で模擬授業を行う際に、児童への話し方や授業構成などをそのまま活かすことができました」

(食育授業「のみものますたあになろう」の様子)

教員採用試験に合格したふたりは、今年(2021年)の4月から念願の栄養教諭として働いています。これからも、公私ともに想定外のことは起こると思いますが、そんな時には「ピンチだらけだった卒業研究」のことを思い出して、しっかりと人生を歩んでほしいと思っています。

今後の当研究室における研究指導

今回、学生たちは困難な状況にもかかわらず、地元の小学校への“地域貢献”という形で卒業研究を仕上げました。一方、研究室の食育のノウハウを、食育がまだあまり行われて海外の国に広げていくことは、“国際貢献”につながると考えています。

これからも当研究室の学生には地域にも世界にも目を向けてほしいし、将来どの方面に進んでも学生時代の経験を活かして活躍してほしいと願っています。

ところが、残念ながら今年(2021年)は、国内の食育研究も中止せざるを得なくなりました。新型コロナウイルス感染によるパンデミックの状況が改善し、このふたりが仕上げたモンゴルバージョンの食育を後輩たちが引き継いで行う日が来ると信じています。

※文章や写真、イラストの著作権は永井研究室に属しており、無断使用・無断転載は禁止とさせていただきます。

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